『ポップミュージックガイド The Rough Guide to BOTR』Web版

https://www.vrcw.net/world/detail/wrld_aa6c0158-a46b-4627-9268-3bcabbc8b383

 2022年11月20日文学フリマ東京にて頒布した『ポップミュージックガイド The Rough Guide to BOTR』のブログ記事版です。

 

 

 

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Music | BEER ON THE RUG

『ポップミュージックガイド The Rough Guide to BOTR』通販の告知! - ヨーグルトーン

The Rough Guide to BOTR 追記分 - ヨーグルトーン

BOTRの曲だけでミックス作った から夜中にでも部屋で流してくれ - ヨーグルトーン

 

 

 

 

 

・BOTRってなに?

 勝手に略してるのがよくないのですが、Beer On The Rugという名前のアメリカのインディーレーベルです。Vaporwave(ヴェイパーウェイヴ)というジャンルを世に広く知らしめたレーベルでもあります。

 

 ということで、本記事はBeer On The Rugの作品をまとめて紹介した自作同人誌のメインコンテンツをまとめたものになっています。今現在では聴く手段が限られる作品もあったりするのですが、おもしろい作品も多いので興味が湧いたらぜひ作品を聴いてみてほしいと思います。

 

 それではGO。

 

 

 

 

 

 

 

Casino Gardens / Casino Gardens

f:id:muimix:20210517074953j:plainレーベルからの一発目ということで気合いが入っているのか、ストーリー仕立てのちょっとした文章が付いている。構図としてはCASINO GARDENSという施設のCMにギャングが割り込んできた、というようなものらしい。そして実際の音源の方もギャングがとある通信に割り込む場面から幕を開ける。内容は00年代の終わり頃からの大きな流行であるローファイに素直に乗っかったギターポップで、Real Estateの1作目なんかが好きな人には楽しめるだろう。剣呑なシチュエーションの割にはかなり牧歌的な音楽性だ。

 

 

 

 

The Arcade Junkies / Dinosaur Brain

f:id:muimix:20210517074841j:plain実はDolphin Tearsと共に『Casino Gardens』のフレーバーテキストに登場していたThe Arcade Junkies(DiscogsやRYMでは同じアーティストの別名義とされている)。30分弱の長尺のトラックが一つだけというミックステープ的な構成で、その内容は複数のジャム音源を切り貼りしてまとめたようなもの。ローファイなサウンドはCasino Gardensから地続きのものだが、こちらにはかっちりとした曲構造はなく、ただゆらゆらとドリフトしていく。脈絡なく曲が切り替わる様は壊れたラジオを聴いているようでもある。退廃的。

 

 

 

 

Midnight Television / Midnight Television

f:id:muimix:20210517074844j:plain「ネオンで描かれたアメリカの地平線」のようなアートワークが印象的な一作。冒頭のけばけばしいギターが象徴的だが、やや時代を感じるサウンドとムードで、それは前述のアートワークと相まって強力なノスタルジーを醸し出す。数秒~十数秒の短いループを無機的に繰り返すスタイルは後にヴェイパーウェイヴの典型となる。全体で10分程度と短いが、細部までコンセプトに忠実にまとめられた良作。Laserdisc Visionsの作品とともに、その完成されたスタイルでもってジャンルの成立を強く促した重要なリリースだ。

 

 

 

 

World Series / Episodes Of El Niño

f:id:muimix:20210517074848j:plainエルニーニョとは赤道付近の太平洋の海面水温が高くなる状態が長期間続く現象のことだが、その名を冠した今作にはどこか温暖な気候が似合うような朗らかな空気が詰まっている。基本的にはCasino Gardensとも共振するローファイなギターポップだが、こちらはよりフォーキーでのんびりとした味わいがある。そのひしゃげたギターの音色やのどかな空気からは初期のBibioを連想する。自分ではソースにあたれていないのだがDiscogsなどによればAngel 1の別名義らしく、もしそうならば個人的には少し意外に思ったり。

 

 

 

 

C V L T S / Theta Distractions

f:id:muimix:20210517074855j:plainレーベルの設立者であるC V L T Sの初のリリース。瞑想的な、エレクトロニカクラウトロックの中間のような音楽性。キーボードとギターを軸に宇宙的な音空間がゆっくりと形作られていく。曲間の繋ぎが滑らかで、また全体でも20分に満たない尺なのでさらりと聴き通せてしまう。ミニマルかつビートレスなサウンドも作品の聴きやすさに拍車をかけている。重厚なドローンが空間を包み込む6曲目「Pain Management」が全体のクライマックスか。アートワークはやや耽美すぎる気もするが内容はよくまとまっている。

 

 

 

 

Laserdisc Visions / New Dreams Ltd.

f:id:muimix:20210517074851j:plainVektroidの変名によるリリースで、ヴェイパーウェイヴというジャンルの代表作のひとつ。Midnight Television同様に短いループを繰り返す小曲の連続で成り立っているが、ムード&懐古の方向性(というかサンプリング元)はやや異なり、あちらが深夜のテレビならこちらはビデオゲームといった具合。メロディアスかつサウンドがクリアーで、悪ふざけ的な気持ち悪い音がないためにジャンルの中でも聴きやすい作品となっている。#21「Data Dream」はその後の「花の専門店」やOPN「Sleep Dealer」に繋がる、ループをピッチを変えて繰り返すことでポップさを演出する名曲。フィジカル版では音源全体にうっすらと日本のテレビCMの音が重ね合わされている(曲間の無音部分が分かりやすい)。雰囲気の猥雑感・卑近感が増し、かなり印象が変わるので一度聴き比べてみるといい。Midnight Televisionにしろ今作にしろ、よくこのサウンド・雰囲気にピンポイントでフォーカスできたなと思うが、大きな目で見ればどちらも懐古の一環のようにも思え、そういう意味ではいずれは誰かがやっただろうなとか。いずれにせよ、ヴェイパーウェイヴの基本的なスタイルと大まかなコンセプトの方向性はこの2作によって決定づけられたように思う。

 

 

 

 

Napolian / Computer Dreams / S/T

f:id:muimix:20210517074858j:plainロサンゼルスのプロデューサーNapolianと、Midnight Televisionの新名義によるスプリットで、それぞれが6月にリリースしていた作品からの音源をまとめている。前者はハードウェアの音色が耳に心地いい濃密なエレクトロ、後者はMidnight~の手法を洗練させよりラウンジ感を増した親密なヴェイパーウェイヴ。Napolianでエキサイトした後にComputer Dreamsでチルする、という流れが見えなくもないが、どちらのパートも高品質であり個別に味わっても悪くない。Napolianは21年に29歳という若さで夭折する。

 

 

 

 

Dolphin Tears / Reflections On Waterfront Property

f:id:muimix:20210517074901j:plainThe Arcade Junkies名義では『Tago Mago』のC面D面のような自由で放埓なジャムが展開されていたが、この名義ではシンセを主体としてより鎮静的・瞑想的な音世界が探求されている。同名義ではBOTR以外からもいくつかの作品をリリースしており、どうやらニューエイジ路線のプロジェクトとして運用されているらしい。今作も基本はジャム素材の継ぎ接ぎで相かわらず構築性は希薄だが、BGMとしてはこの散漫さも好ましい。これまでの3作品は現在Casino GardensのBandcampページにて視聴できる。

 

 

 

 

Macintosh Plus / Floral Shoppe

f:id:muimix:20210517074908j:plainVektroidのBOTRからの2作目。ノスタルジーを飛び越え、いよいよ意味不明な領域へと突入したアートワークと曲名が目を引く。内容は80~90年代のR&BAORをサンプリングし、ピッチを変えたりループさせたもの。ボーカル部分も普通にサンプリングして使っているが、大胆にスクリューされているために現実で聞くことのない気持ち悪い響きになっている(すべての音に濁点が付いているかのようだ)。しかし『Chuck Person's Eccojams vol.1』を生んだ「好きな部分だけ聴きたい」という思想がここではより忠実に実行されており……つまり全編が情感あふれるメロディーに満ちているのだ。それは「ECCOと悪寒ダイビング」のようなインストにおいても例外ではない。その上、どのメロディーもスロウダウンさせられたあげくに何度もループさせられて……過去にここまで押し付けがましいポップスが存在しただろうか。急に出てきてエンディング面する#10「Untitled」がいい例で、曲のおいしい部分だけを無限に繰り返して強引にアルバムのクライマックスを演出する。大小さまざまなループを駆使して脊髄反射的な反応を喚起する「花の専門店」のような例もあるが、基本的には過剰にドラマチックで強引な作風だ(ただアルバムの構成は練られている)。気持ち悪いが抗いがたいポップさと、一足飛びに「正解」にたどり着いてしまったかのようなアートワークを備えたヴェイパーウェイヴの金字塔。

(バージョンによっては#10「Untitled」(「月」とされることもある)ではなく「て」という2分弱の小曲でアルバムが終わることもある。不気味な編集の施されていない美しい曲で、聴き手を現実に戻す役割を担っている。どちらのエンディングも独特の余韻のあるすばらしいものとなっている。ちなみにPitchforkのレビューは「て」で終わるバージョンを基に書かれている。)

 

 

 

 

Boy Snacks / Boy Snacks

f:id:muimix:20210517074905j:plainAngel 1によるBOTRからの2作目。World Seriesから名義を変えたことにも頷ける大胆な音楽性の変化で、どれだけ作風が幅広いのかと思わせる。内容は快適なラウンジやアンビエント、ゲームのメニュー画面の音楽のようなものが気まぐれに移り変わっていく雑多なもの。「男の子のおやつ(?)」というタイトルが示すように曲名やサウンドにはどこか子供っぽさのようなものがある。脈絡なく楽曲が切り替わる様子も、すぐに興味の対象が変わってしまう子供の意識のようでもある。なんとなくトイザらスやニチアサを思い出す音楽。

 

 

 

 

Free Weed / Beer On The Drugs

f:id:muimix:20210517074911j:plainThe MemoriesやWhite FangのメンバーでありGnar Tapesを運営する一人でもあるErik Gageのソロプロジェクト。Ty Segallを彷彿とさせるローファイでノイジーなガレージロック。基本的に楽曲の中心に歌メロがあり非常になじみやすい。実験的なところが少なく、ポップなわかりさすさという意味ではレーベルでも随一だ。#5「Take A Trip」だけ異色で、ノイズ成分を雲に見立てたクラウドラップを披露している。前半に軽快なポップを、後半にインストをまとめて配置するという構成にも工夫を感じられる。

 

 

 

 

Mediafired™ / The Pathway Through Whatever

f:id:muimix:20210517074916j:plainポルトガルのExo Tapesから2011年にリリースされていたもののリイシュー。ヴェイパーウェイヴ初期の作品の中ではサンプリングの元ネタが圧倒的に有名であり、それゆえにヴェイパーウェイヴ、というよりはEccojamsという手法が広く認知されたきっかけとなった。しかし構築的な『Floral Shoppe』とは対照的にこちらは非常にループが乱雑で……というかそもそも切り取られたループ部分がそこまで気持ちよくない(主観ではありますが)。どちらかといえば░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░のような幻惑的でデッドな聴き心地で、喚起されるのも陶酔ではなく悪酔いの感覚だ。違法なファイル共有によく利用されたオンラインストレージサービス「MediaFire」をもじった名義と同様に、音楽性においても快感より悪ふざけが先行しているように感じられる。リイシューの経緯はわからないが、ただこの作品がレーベルのラインナップに加わったことによってヴェイパーウェイヴという新しく奇妙なトレンドが勢いを増したことは確実だ。個人的な好みからは外れるが、今作もまたヴェイパーウェイヴというジャンルにおけるモニュメンタルなリリースの一つである。

 

 

 

 

情報デスクVirtual / 札幌コンテンポラリー

f:id:muimix:20210517074937j:plainVektroid=Ramona Andra Xavierの三度目のリリース。国際交流的なものがテーマとしてあるらしく*1、それはジャケットや曲名からもなんとなーく感じられる。内容も国際的というか公共的な志向があるようで、David Sanbornなどスムーズ・ジャズやフュージョンをサンプリングし、まさしくミューザックな無毒な音楽を展開している(無毒な音楽を素材に無毒な音楽を作っているところが不気味だ)。時折入るスクリューされたボイスにはギョッとするが、作品の大部分はアダルト・コンテンポラリーなBGMとして楽しめる。

*1 今作はアーティストによって “a brief glimpse into the new possibilities of international communication” and “a parody of American hypercontextualization of e-Asia circa 1995.”と説明されているらしい。訳すと「国際コミュニケーションの新たな可能性の片鱗」、「1995 年頃の e-Asia のアメリカの超文脈化のパロディー」という感じに。
https://www.tinymixtapes.com/music-review/virtual-information-desk-contemporary-sapporo

 

 

 

 

YYU / TimeTimeTime&Time

f:id:muimix:20210517074920j:plain直近の蒸気な流れを断ち切るようなリリースだ。デジタル世代のノスタルジーや不可思議なオリエンタリズムのようなものはここにはない。どこまでもパーソナルかつ内省的な……人知れず作られたアシッドフォークのような佇まいの作品だが、そのサウンドにはリアルタイムのトレンドを反映した、非常に現代的な意匠が施されている。有体に言えばギターの弾き語りに細かなリズムのカットアップやループを加えたものだが、作りこまれた音響やリズムは今も新鮮に響く。「時間」というコンセプトも含め、突出して芸術的な作品だ。

ele-king掲載の斎藤辰也によるレビューがとても優れているのでぜひご一読ください。

 

 

 

 

Exael / Ghost Hologram

f:id:muimix:20210517074922j:plain後にHuerco S.らと共に現代的なダブの流行を形作るExaelの1stアルバム。ここでは初期のOneohtrix Point Neverから素朴なアルペジオを除いたようなアンビエント~ドローンを展開している。特徴は全体に敬虔な、スピリチュアルな空気が満ちていること。もろに合唱の音源を使用している最終曲「Ghost Hologram」はさておいても、メロディーや音響に教会音楽からの影響が見える。ここでいうGhostとはホラー的なそれではなくキリスト教的な概念なのだろう。落ち着いた環境でリラックスして聴きたい作品だ。

 

 

 

 

Digital Natives / It's All Point Blank

f:id:muimix:20210517074925j:plainHousecraft Recordingsの主催でもある非常に多作なアーティスト(2012年にこの名義だけでも10作以上リリースしている)Jeffry Astinによる作品。企業のCMのようなポップでキャッチーなループを、変調させたりノイズを被せたりして不気味に加工したもの。商業感のあるループのチョイスにはヴェイパーみを感じるものの、手法自体はどちらかといえばThe Caretakerのそれに近い気がする(スクリュー感が少ないからかもしれない)。加工のせいなのか音量を上げてもあまりうるさく聴こえないのが不思議だ。

 

 

 

 

PrismCorp Virtual Enterprises / ClearSkies™ & Home™

f:id:muimix:20210517074942j:plain

VektroidのBOTRからの最終作で、二枚同時にリリースされた。テーマは往年のMIDI音源。『ClearSkies™』にはヤマハ謹製のMIDI音源が、『Home™』ではそれに加えてGeoCitiesRolandMIDI音源に、既存のポップスのMIDIカバーが収録されている。ヤマハの楽曲はキーボード商品にデモ用としてプリセットされていたもので、それらの商品に触れたことのある人なら聴いたことがあるかもしれない(本作ではいくらか再生速度が下げられているが)。そこまで音楽に馴染みのなかった人にとっては、そうした商品は楽器屋や学校の音楽室はも

f:id:muimix:20210517074942j:plainとより、電気屋さんやジャスコなどの大型のショッピングモールで見かけることが多かったのではないかと思う。そういう意味ではモールソフト的な側面も本作にはあるのかもしれない。『Home™』での小田和正やTUBEのカバーもあり、両作ともに日本人にとってはかなりノスタルジックに響くところがある(外国人にとってどう聴こえるのかは謎)。『札幌コンテンポラリー』よりもさらに加工・編集が少なく、オリジナルアルバムというよりは特定のテーマに沿って作られた架空のコンピレーションのようなイメージが強い。本当に無害な音楽でなにか強いひっかかりがあるわけでもないのだが、独特なネタを探し出すセンスには毎度感心させられる。

 

 

 

 

 

 

(読み飛ばしていい)脳内垂れ流しコラム

~ヴェイパーウェイヴ作品の評価について~

 これは一般的な感覚だと思うのですが、事前になにも情報を仕入れずに音楽作品を聴くとき、その作品はオリジナルなものだという前提で音に触れると思います。自分もそうで、だからBOTR初期の蒸気な作品群の一部が同一アーティスト(Vektroid)の手によるものだと知ったときには(このペースでこのクオリティの作品を!?)と驚いたものです。『New Dreams Ltd.』から『札幌コンテンポラリー』まで1年もかかってないのですから。
 ただこれにはカラクリ(?)があって、特に『札幌~』以降で顕著なのですが、サンプリングの多用によってマジでオリジナルな要素が少ないんですね。原曲のテンポを落としてほんの少しエディット加えただけ、みたいな曲がけっこうあるんですよ。そういうようなときに、作品に対してどう評価を下すのか。
 いや、今までもヒップホップでもなんでも、サンプリングという手法自体は使われ続けてきたのですが、一部のヴェイパーウェイヴはサンプリングの規模というか程度が本当に尋常でないんですよね。とはいえ、少しではあってもオリジナルな要素があるのは事実だし、逆に見ればそれだけの加工で新しいジャンルを生み出すまでに至ったのかよ、という畏敬を感じることもあるのですが、それはそれ。作品がどのくらいサンプリングに依存しているかを知ったらかなり印象が変わってしまうことがある……というか印象が変わってしまうレベルでサンプリングに依存している作品がヴェイパーウェイヴにはある、ということなんですよ。
 ということで……うだうだ書いてきましたが、ここで私が言いたいことはただ一つ、「一度『札幌コンテンポラリー』がどのくらいサンプリングを使っているのか調べてみてほしい」ということだけです。「札幌コンテンポラリー」で検索するともうWhoSampledのページがヒットするので、そこで挙げられているサンプリングの元となった曲と『札幌コンテンポラリー』の収録曲を一度聴き比べてみてください。この工程を踏まえた上での作品評はどんなものでも受け入れられますが、そうでない評についてはちょっとな…という感じ。ただそれも「最近」為された評についてだけで、昔のものについては問題ないです、というのも当時はサンプリングのネタが割れてなかったと思うので。
 ただ個人的に音楽を楽しむだけだったらサンプリングうんぬんなんて気にしなくていいとは思いますが、アーティストの評判に関わることをするときにはそこら辺も踏まえていた方が公平かな~みたいに思ったりします。ヴェイパーウェイヴの作品もすごいけどサンプリングの元になった作品もすごいし、それに目を付けたアーティストもすごいし……という感じです。これが「ヴェイパーウェイヴの作品すごい」だけで終わってると、サンプリングされた側のアーティストがちょい不憫に思えちゃったり。。
 ただまあその「サンプリングの程度の確認」という工程を踏まえているかどうかを評に組み込まなきゃいけないなんてこともないし……だから読者側からは確認のしようがないわけで、気にしてもしょうがないことではあるんですが。
 とりあえず締めとして。「一度『札幌コンテンポラリー』がどのくらいサンプリングを使っているのか調べてみて」ください。たとえなにかの書き手でなくてもやってみる価値はあるはず……自分の中の常識がチューニングされるはずです。マジでそのくらいのレベルでサンプリングしてるんですよね~…(終)

 

 

 

 

 

 

Headboggle & Vibrating Garbage / S/T

f:id:muimix:20210517074929j:plainSpectrum Spoolsからもリリースする非常に多作なHeadboggleと、負けじと多作なGreg Gorlen(名義も無数にある)のタッグによる破壊的なテクノ。Gregのアパートでのセッションを元に作られている。同じSpectrum~から作品を出しているContainerに通じるような、ザラついた暴力的なエレクトロニクスが特徴。リズムのビルドアップで盛り上げていくストレートな作風で、本作を楽しむにはひとかけらの知識も必要としない。まるで物理的に電気ショックを受けているかのようなサウンドは原始的な魅力に溢れている。

 

 

 

 

Torn Hawk / Fist

f:id:muimix:20210517074932j:plainこちらも多作な映像作家兼アーティストのLuke Wyattによる作品で、クラウトロック+インダストリアルなサウンドで退廃的な世界観を提示する。本作の少し前にリリースされた『10 For Edge Tek』に直接通じる音楽性だが、トリップを目的の一つとしていたそちらよりも今作はやや尺が短めで展開も多く、ある意味ではとっつきやすいかもしれない。なにしろ題名が『FIST』なので…長い時間をかけて覚醒を促すよりも一発殴ったほうが早いと考えたのかもしれない。1曲目で唐突に鳴らされるハードなギターには少し驚く。

 

 

 

 

C V L T S / Intentions

f:id:muimix:20210517074946j:plainジャケットが本当に意味不明なレーベル主催の新作。音楽性に大きな変化はなく、ギターとキーボードを中心にゆらゆらと進行していく。A面はシンセとギターが生み出す蜃気楼のようなぼやけた空気の中を、やがて4/4の朴訥なビートがゆっくりと歩みだす。ムードはやや勇壮だがサウンド自体は「空き地の日光」の名の通り暖かなものだ。B面はノンビートで漂い続ける約10分間のニューエイジ・トリップ。終盤では鳥の囀りを模した?電子音も。曲名や音からは森林地帯のようなイメージが浮かぶが謎ジャケが全てを無に帰す。

 

 

 

 

Angel 1 / Angel Activate

f:id:muimix:20210517074949j:plainAngel 1名義では既に別レーベルから作品を出しているが、ここにきて『Angel Activate』なる意味深なタイトルを持ち出すのは気合の現れだろうか。IDM的なスムースなサウンドと構築的な楽曲が持ち味のエイリアスで、このスタイルが肌に馴染んだのか、以降はこの名義で活動を続けていく。A面B面に分けられたミックステープ形式で、どちらの面も中盤にやや浮ついたところがあるが、序盤・終盤では作曲家としての実力が遺憾なく発揮されている。界隈では珍しい、ポップな構成を明確に志向するアーティストの一人だ。

 

 

 

 

Palm Highway Chase / Fantasy Recordings

f:id:muimix:20210517075230j:plainヴェイパーウェイヴとの関わりが強いレーベルのため、作品に対してもなんとなくそういう目で見てしまうが、今作のクリアーなサウンドと爽やかなフィーリングは明らかに蒸気とは無縁のものだ。奇妙さや悪ふざけへの志向がまったくない、純粋な楽しさにフォーカスした楽曲はおそらくゲーム音楽由来のものだろう(「Outrun」なんて曲名も見られるし)。メロディアスで雰囲気のわかりやすい、難しいところの一切ない音楽で、誤解を恐れずに言えば、一般人に聞かせてもまったく問題のない作品だ。

 

 

 

 

Endo Kame / Music 4 Eon Green

f:id:muimix:20210517075234j:plain深海を思わせるジャケットとなにかが重く轟く圧迫的なオープニングが印象的な一作。全ての曲がシームレスに繋がっているミニマルテクノ作品で、例えば『fabric 36』のようなオリジナル曲のみで構成されたミックス作品のように楽しめる。馴染みのいいメロディーなどはないが、リズムやテンポの滑らかな変化で一息に全体を聴かせてしまう。特に#1~#2のアルバム導入部は非常にシンプルながらもつかみが強く、ミニマルというスタイルの強力さを実感させられる。低音が豊かな作品なのでそれなりの環境で聴いたほうが良い。

 

 

 

 

Susan Balmar / Signum

f:id:muimix:20210517075237j:plain自身のレーベルPsalmus Diuersae(日本の実験的なシーンとも繋がりがある)を運営しつつ、/fなど多数の名義で作品を大量に発表するアーティストのBOTRからのリリース作。おぼろげなビートが入ってややヒップホップっぽくなる場面もあるが、基本的にはグリッチを用いたシュレディングな実験音楽。正直、無秩序すぎて興味や集中が途切れることもままあるが、特定の流れが持続することもあるし興味深いサウンドもある。ジャケットの分裂症的なイメージは音楽性にも通じるところがある。Lyla Perry名義で絵も描くようだ。

 

 

 

 

Looks Realistic / VA​/​A

f:id:muimix:20210517075241j:plainレーベルMoss Archiveを主宰するシンセ奏者のBastian Voidと、ローファイ志向のSSWという側面もあるRyan Kayhartのデュオによる実験的なシンセ音楽。特筆すべきはその構成力で、おかげで長尺かつエクスペリメンタルな音像でありながらもポップに聴けてしまう(そういう意味では前述のSusan Balmarとは対照的だ)。どちらかといえば体験型の音楽であり、音響や音の定位に注目すればいっそう作品を楽しめるだろう。現在アーティストのBandcampにてNYPとなっているが、そちらではBOTR版と曲順が異なっている。

 

 

 

 

KHF / Half Skewered With Asian Carriers

f:id:muimix:20210517075245j:plainUnited WatersやUtereyeといったユニットでMouthusとの関わりが深いブルックリンのPatrick Coleによる作品。奇妙な音やノイズがとつとつと鳴らされるわかりやすくエクスペリメンタルな作風。音の組み合わせである「曲」というよりは音そのもののおもしろさで聴かせるタイプで、それぞれの楽曲も(ライブ)パフォーマンスといった趣が強い。メロディーやコードといったものがほぼ無い、完全にアバンギャルドの領域にある作品だが、過度なテンションの上下もないため、謎なBGMとして聞き流すこともできなくはない。

 

 

 

 

De Tuinen / Minor Function

f:id:muimix:20210517075249j:plainオランダのKoen van Bommelの、地元のヘルスケア企業から拝借したDe Tuinenという名義での作品。ファウンドサウンドを取り入れた抽象的なアンビエント。全体に一貫するのはとりとめのなさ・漂流する感覚であり、そのサウンドはインダストリアルからダブテクノ、果ては木管楽器?のソロまで様々なスタイルを横断する。掴みどころがなく、聴き終わっても???という感じなのだが、サウンドの完成度は高い。実際はアンビエントらしくない部分もあるが、この茫漠を許容するジャンルはアンビエントくらいしかない。

 

 

 

 

YYU / Room Music

f:id:muimix:20210517075252j:plain2年のインターバルを挟んでのレーベル二作目。メインの楽器(ギター)もゴーストリーな音響も変わらないが、作曲のスタイルには変化があり、ジューク/フットワークに通じる痙攣するようなリズムやヴェイパーウェイヴ的なループ遣いが失われている。というかそもそもサンプリングしてない。つまり、BOTRでは珍しい、シンプルなギターの弾き語り作品だ。ブルースやカントリーのような定型的なところはなく、ジャンルとしては00年代に流行ったフリーフォークに近い。無垢かつどこまでもパーソナルな音楽。

 

 

 

 

Fluorescent Heights / Relaxing In The New World

f:id:muimix:20210517075255j:plainスウェーデンアンビエント作家Henrik Stelzerによる作品。南の島的なジャケットに『Relaxing~』なんて直球なタイトルで、内容も各面にちょうど10分のトラック1曲ずつのみというストレートなスタイル。音楽性はアナログな質感の暖かいドローンアンビエント。どちらかといえば実用的な音楽で、約20分の全体を通してコードが変わったりメロディーが現れたりという楽曲的な変化はない。それはポップな価値観からすれば一本調子だが、ただなにも考えずに音を浴びたいという人には好ましく映るだろう。

 

 

 

 

Hakobune / Sinking Stars

f:id:muimix:20210517075258j:plain兵庫県アンビエント作家で、Tobira Records(レーベル/レコードショップ)のオーナーでもある依藤貴大の、情報*1によれば51作目(!)となるアルバム。引き続きのドローンアンビエント作品だが、こちらはGASを彷彿とさせるような、気が遠くなるほどに分厚い音のレイヤー構造が特徴。なんだかんだ人間の頭は優秀なようで、集中するとそれぞれのレイヤーが独自に変化し続けていることが感じ取れる。遠くから全体を眺めるのも良し、近づいて個々の動きを感じるのも良しという、非常に味わい深いレコードだ。

*1 https://losapson.shop-pro.jp/?pid=89894617

 

 

 

 

Euglossine / Complex Playground

f:id:muimix:20210517075128j:plainレーベルSquiggle Dotも主催するアーティストTristan Whitehillの作品。冒頭からPat Methenyめいた音色のギターに驚かされるが、音楽性にも通じるところがある。言ってしまえばフュージョンバンドがゲーム音楽を演ったような音楽で、本作には小気味いいアンサンブルと人懐っこいメロディー、忙しない曲展開が同居している。楽曲は複雑だが、アクションゲームにおける空や海のステージのような清涼感が全編に流れている。ギターやシンセの歌心に満ちたプレイが嬉しい、一流のミュージシャンシップと遊び心が合わさった傑作。

 

 

 

 

Pulse Emitter / Digital Rainforest

f:id:muimix:20210517075124j:plainポートランドシンセサイザー・マスターのBOTRリリース。変幻自在の合成音声を活かしたニューエイジアンビエント。当然ではあるが自然界では聴くことのない極めて人工的なサウンドで、その研ぎ澄まされた音色はガラス細工のような工芸品……を音に変換したかのようだ。本作を聴くとなんとなくビー玉やスケルトンのゲーム機に憧れていた子供時代を思い出す。透き通ったものを綺麗と感じるのは視覚も聴覚も同じようだ……とか言いつつ、なぜこのような音を「透き通った」と感じるのかはわからない。

 

 

 

 

Exael / Actaeon

f:id:muimix:20210517075131j:plainBOTRからの2作目。全4曲でトータル20分弱のEPサイズ。濃厚なドローンはそのままに、一部で輪郭の取れないくぐもったキックを中心としたビートが導入され、ダブ~テクノ方面へ舵が切られている。とはいえ、そのビートもリズムの明瞭でない不定形のものであり、ダンスフロアからはまだまだ距離がある。全体としてアンビエントをベースにかなりサイケな味わいが増している。#1「belly」は「belly (long version)」として前年に単曲でセルフリリースされており、そちらは40分弱のビートレスなアンビエントとなっている。

 

 

 

 

Seabat / Synthus

f:id:muimix:20210517075140j:plainNYC/LAの“スペース”ミュージックデュオの作品。70年代のプログレを彷彿とさせる10~20分の大曲を中心に据えた3曲構成。約3分の#1はアルバム全体への景気づけ。大曲のうちより馴染みやすいのは定まったリフやリズムが先導してくれる#2のほうだ。ベースのリフから始まりじっくりと時間をかけて見事なビルドアップを見せる…がそれも中盤までで、以降はウワモノだけが残り宇宙へ飛翔してゆく。そのままの流れで#3では二人の大きな参照点であろう、Tangerine Dream的なスピリチュアルな音世界が展開される。

 

 

 

 

Eyeliner / Buy Now

f:id:muimix:20210517075135j:plainDisasteradioとしても活動するニュージーランドのLuke Rowellの作品。ひと昔前なら「古臭い」「ダサい」とされたような、機材むき出しのペラペラ?バキバキ?なサウンドが特徴のシンセポップ。本作をヴェイパーウェイヴに括ることには個人的に少し違和感があるが、この音色の再評価を強く促すサウンドはたしかに蒸気の流行を経た上でのものなのかもしれない。とはいえ今作の基盤には確固としたポップなソングライティングがあり、それとこのキャッチーな音色が組み合わさったからこそ現在の作品人気があるのだろう。

 

 

 

 

Collin McKelvey / First Accents Of A Rustic Flute

f:id:muimix:20210517075148j:plain「素朴なフルートの最初のアクセント」なるタイトルは音楽性にどれだけ関係があるのだろうか。サンフランシスコの学際的なアーティストによるミュージック・コンクレート作品。A面では機械的なノイズをバックに異国のラジオのようなものがうっすらと鳴らされ続ける。B面では微細な物音・ノイズが舞う中、中盤から不器用なリズムと、ゆっくりと大きくなる電子的なドローンが入ってくる。B面のほうが構築的ではあるがいずれにしろ前衛の領域であり、ぶっちゃけ自分はこの手の音楽を評価する術を持っていない。

 

 

 

 

Percival Pembroke / Pembroke Autumn/Winter Catalog

f:id:muimix:20210517075144j:plain今までの作品のクレジットを見た感じではpercyという人物が中心らしい?アーティストの作品。シンプルなコードの循環で聴かせる素朴な小曲集で、30分弱の時間に18曲が詰まっている。サウンドアンビエントIDMの中間の親密なゾーンにあり、基本的にはドローンとアルペジオ、そしてサイケデリックなSEで構成されている。言ってしまえばBoards of Canada的な小曲“だけ”集めたような作品で、ループや雰囲気が掴みやすいために非常に馴染みがいい。ボートラを加えてアーティストのBandcampにてNYPです。

 

 

 

 

Euglossine / Remix Playground

f:id:muimix:20210517075152j:plain『Complex Playground』が人気だったのだろうか、レーベルで初めてリミックス盤が企画され、フリーダウンロードで配布されていました。元のタイトル曲を、名前の通り音の「遊び場」として7名のアーティストがリミックス。サウンドを拝借し新しい曲を作る・曲を拝借し新しいサウンドを当て込む…という大まかに二種のアプローチがあるとして、今回は原曲の曲がかなり構築的で隙がないために、前者のスタイルの方がうまくいっている印象。そんな中でも両者のバランスをよく取ったIKAのリミックスが好みでした。

 

 

 

 

C V L T S / A U D I A L / S

f:id:muimix:20210517075155j:plain主催者によるレーベル3作目。特定のサウンド・スタイルだけで作品全体を作り上げていたこれまでとは異なり、今作はすべての曲で音楽性が異なっているのが特徴。曲が変わると同時に空気も変わり、新鮮さを感じると共に興味も喚起される。しかし微妙なまとまりを感じる程度の類似はあって…この多様性と画一性のバランスが絶妙で、新鮮さと安心感が同時に感じられるところが本作の一番の魅力だろう。ちょうど中央に配置されている#5「Pool Supllies」の鋭利なギターも良いアクセントだ。ここまでの3作では個人的にベスト。

 

 

 

 

Umanzuki / Nemi

f:id:muimix:20210517075159j:plainフリージャズ→Black Dice的なエクスペリメンタルと音楽性を変遷させてきたらしいイタリアはフィレンツェの三人組の作品。かつてディアナ神殿があったネミ湖の、宗教的な伝説や儀式にインスパイアされたコンセプト作とのことで、現代的なポップスとは無縁の神秘的で前衛的な音楽が追及されている。一般的な楽器の音がほぼ無いこと(楽器以前の原始的なイメージ)、時間をかけてゆっくり盛り上がっていくこと(なにかの儀式っぽい)という共通点を除けばほぼフリーフォームな音楽だ。涼やかなシンセが光る#1が聴きやすい。

 

 

 

 

Graham Kartna / Ideation Deluxe

f:id:muimix:20210517075207j:plainカナダはハミルトンのマルチメディアアーティストのBOTRデビュー。初期のJerry Paperを連想するようなひしゃげた音色のシンセと、約一小節で機敏に微妙に移り変わっていくコードが特徴で、コードに合わせてメロディーも常に展開しているため音楽的には非常に濃密。この「コードが機敏に展開するポップス」というスタイルは自分の最も好きなもののひとつで、古くはZappaやそこから繋がるカンタベリー周辺にブラジルのミナス音楽など、日本で言えばLampキリンジ冨田ラボ、アニメ・ゲーム方面なら田中秀和などがいて……という、こういうラインに連なる音楽性です。非常に細かで忙しないサンプリング遣いも特徴で、前述のひねくれた音色と合わせて子供じみた遊び心を感じる。比較的シンプルなリズムとどこまでもメロディー中心なプロダクションが聴きやすさを担保しているが、それでも相当に目まぐるしい音楽だ(#3「My Great Movie 01」のうねり続けるメロディーラインには唖然とさせられる)。しかしメロディー・楽曲ともに独自の美しさや魅力が確実にあり、それらは作品に繰り返し触れて音楽を身体に馴染ませるほどに強く感じられるようになるだろう。ガワだけ見れば奇妙だが音楽的には他に類を見ないほどに充実した傑作。

 

 

 

 

Dang Olsen Dream Tape / Mello Mist

f:id:muimix:20210517075203j:plainオークランドを拠点とするアーティストの三作目。Percival Pembrokeと同様にアンビエントIDMに相通じる快適なサウンドが基調なのだが、そこに明確にダブ・レゲエのマナーを取り入れているのがユニークなポイント(ジャケットの緑色のスマイリーやウィードはまあそういうことだろう)。過剰なエフェクト処理とルーツ感のあるリズム隊が音楽の浮遊感と酩酊するような感覚を強めている。一曲選ぶなら#3「 Delphic Grease」で、主役不在のプロダクションで掴み所のないまさに夢のようなサウンドを作り上げている。

 

 

 

 

Angel 1 / Rex

f:id:muimix:20210517075217j:plain1080pからの傑作『Allegra Bin 1』に続く作品。ときおり前作で聴かれたリフやフレーズが再登場するために続きものといったイメージが微妙にある。形式的な構造がほぼない、エクスペリメンタルな、というか支離滅裂なエレクトロニカ。説明的な…という表現もなんかアレだが、コードによる直接的なムードの醸成など、典型的でキャッチーな音遣いが少なく、展開も唐突で流れもなにもないために楽曲が掴みにくい。スタイルとして近いのはおそらくデコンストラクテッド・クラブで、Jam CityやArcaのようなサウンド・楽曲を作ろうとしたのでは、と勝手に思っている。 構造を感じさせない根本原因は「音を繋げない(レガートしない)」ことと「リズムを作らない」こと。言ってしまえばこれは「歌えないし踊れない音楽」だ。テンポはあるがアクセントはない。生理的な快感をとことんまで排除した音楽で、「こうしよう」という明確な意思がなければできない芸当だろう。そういう意味で大衆的なポップとは程遠いアート作品だ。個人的に伝統的な作曲は『Allegra~』で極まったと思っているので、この方向性の変化には納得はあるものの…。#4と他一部でギター主体のR&Bという伝統的なスタイルが出てくるが、「非構造」としてまとまることを拒否するための存在かと勘繰ったりする。

 

 

 

 

Location Services / Music For Quiet Rooms

f:id:muimix:20210517075211j:plainMagic FadesのメンバーであるMike GrabarekとハーピストのJoshua Wardのデュオの1stアルバム。1曲目のWindowsのSEを含む活発なオフィスの環境音(後は最終曲まで出てこない)に注意が向くが、音楽のベースはいたって真っ当なハープ中心のアンサンブル。空間系のエフェクトのかけられた弦楽器の響きが滲むように室内を満たしていく。空気感やサウンドで言えばECMの静謐なジャズや、同時代ならMelody As Truthの諸作が近い。18分ある最終曲では唐突にサイバーな世界観が顔を出し、Magic Fadesを強く意識させる。

 

 

 

 

Xix Tropic / Liani Crupty

f:id:muimix:20210517075214j:plainキューバアメリカ人の、この名義での唯一作? #3のみストリングスと簡素なビートが出てくるが、基本はシンセのソロ。別段クラシックなどのルーツは感じない、自由な演奏 が約25分間を埋めている。気ままに空を舞う蝶を追いかけているかのような(実際に聴けば伝わると思う)散文的な演奏だが、聴いていると音楽が形式的になる……型に嵌まるかどうかの境界部分を探索しているかのように感じられたりもする。耳に優しい音色ゆえに聴けている部分がある。アーティストはDarling Soda Pop名義で活動を続けているようだ。

 

 

 

 

Suryummy / Genesis Clarity & Photon Slobber

f:id:muimix:20210517074942j:plain

音楽性が似通っているため2017年の次作も一緒に取り上げる。サンフランシスコのデザイナー・アニメーター・ミュージシャン…多才なアーティストのEmmett Feldman。Graham Kartnaと同じく映像分野でも活躍しており、2021年のデモリール*1によればプロジェクションマッピングなど実際の構造物と映像を組み合わせるディレクターとしての仕事も多い。概して、映像と音など複数の分野を組み合わせた総合的な体験の創造にフォーカスしている印象だ。おそらく自作であろう、未来的でかっこいいアートワークのこの二作でもどちらか

f:id:muimix:20210517074942j:plainと言えば体験型の音楽が展開されている。スタイルとしてはニューエイジエレクトロニカの中間だが、とにもかくにもプロダクションが整っている。錯覚とは分かっているのだが、家のスピーカーで聴いていてもまるで映画館などの音響設備が整った環境で聴いているかのような感じがするのだ。そういう意味で言えば近いのはJon Hopkinsのようなアーティストだろう。音楽性はポップの中毒性にもダンスのフィジカルにも寄りすぎることなく……なんというか、心地よさと「デザイン的な」良さを求めて作られているように感じる。音楽だけで完結する作品じゃないような気もする(BGM的に耳を滑る感じが多少ある)が、これはアーティストの個性かもしれない。なんにせよ、商業レベルの超高品質なサウンドデザインが堪能できる傑作だ。

*1 https://vimeo.com/604474861

 

 

 

 

Yssue / Cycle

f:id:muimix:20210517075220j:plainロシアはモスクワのプロデューサーDmitry Nekrotkovのデビュー作。きめ細かくプログラムされたドラムと淀みのないベースがリードする、100%クラブ仕様なテクノ~ハウス。伝わるかわからないが、例えるならPitchforkやTiny Mix TapesではなくResident Advisorが真っ先に取り上げるような音楽性で、レーベルとしてもここまでダンスフロアに近づいたのは初めてだろう。正直、この分野に疎い自分の耳ではあまり個性を見出せないのだが、クオリティは高いと思う。名前からして爽やかな#4「Morning Tuner」が好み。

 

 

 

 

massacrexx9 / Music For Tonedrone Kit in Stainless Steel Fantasia

f:id:muimix:20210517075223j:plainDiscogsではPolonius(Seif Gaber)というアーティストと同一人物とされているが(確証なし)……Bandcampページの文章も含めいろいろと謎の作品。神秘的な演出めいた1曲目以降はひたすらエクスペリメンタルなサウンド不定形なパフォーマンスが続く。内臓の蠕動のような(メトロイドっぽい?)ベースを除けば、金属質なパッドとドラムキットによる打楽器的なアプローチがサウンドの中核を成している。パッドの音色的にはIDMのようなイメージも生じるのだが、いかんせんベースがキモいし楽曲が不定形すぎる。面白謎。

 

 

 

 

De Tuinen / Wandelen

f:id:muimix:20210517075654j:plainSamling-Recordingsからのフルレングスを挟んでBOTRへ二度目の登場。ミュージックコンクレート+ドローンな約30分の1トラック。過去作を見るに、短くまとまった楽曲を作る能力もあるのだが、最終的にはすべてが繋がった、広漠とした長尺トラックとしてまとめる傾向がある。推測ではあるが、アンビエントとポップ……さらに言うなら音と音楽の境目に興味があるのではないか。本作はそれまでと比べて演奏と、アレンジを含む構築的な要素が減り、大幅に抽象的になっている。レーベルでもトップクラスに繊細な音楽。

 

 

 

 

Angel Dust Dealers / Romantic Collection

f:id:muimix:20210517075658j:plainウクライナは首都キーウのアーティストの作品。翌年にカナダのヴェイパーウェイヴレーベルLost Anglesからカセットでリイシューされており、そういう意味ではヴェイパーウェイヴなのかもしれないが、世界観はともかく音楽性はずっとわかりやすい。ダークな雰囲気のイージーリスニングで、曲も素直だし音色も素直でストレンジなところがない。自然の環境音が入る#6「The Drowned World」とかナショ〇ルジオグラフィックで使われてそう。聴き手の意識を邪魔せずに雰囲気だけ醸すというプロの仕事を聴くことができる。

 

 

 

 

Hollow Gem / A Distant Paradise

f:id:muimix:20210517075650j:plainJayden Ciprianoと、ポートランドのDaniel Faulknerのデュオによる3作目。細切れのサウンドの破壊的なエクスペリメンタルとアンビエントの組み合わせ。中心人物であるFaulknerはグラインドコアという危険で極端な音楽に造詣が深く(現在もHuman Effluenceなるバンドにて活動中)、その影響が本作にも表れている。電子化されたグラインドコアのようなカオスなサウンド以外にはエレクトリックなハープの妙なる響きと王道のドローンワークがあり、それらは言わば混沌と秩序として作品にメリハリをつけている。

 

 

 

 

Orthodontrix / First Visit

f:id:muimix:20210517075715j:plainブルックリンのクィアなアーティストのデビューEP。空間を埋め尽くすマッシブな音遣いが特徴のドリーミーなエレクトロニカ。…というか音像的にはもうシューゲイザーの領域に達しており、言ってしまえば「PC Musicなどのビビッドなサウンドの流行を経た後のUlrich Schnauss」のような音楽だ。楽曲は直情的でエモく、こう言ってはなんだが若者向けな感じがある。蛍光色のスモークが充満したスタジアムで大勢の若者がシンガロングしているような、聴いているとそんな情景が頭に浮かんでくる(インスト作品です、一応)。

 

 

 

 

Location Services / In Passing

f:id:muimix:20210517075701j:plain前作から約11カ月ぶりの二作目で、どちらもギリギリ2016年内にリリースされている。音楽性もほぼ地続きだが、こちらの方が微妙~に内省の色が濃くなっているような。前作を『Music For Airports』とするなら今作は『On Land』で、際どいレベルではあるが公共感のようなものが減退している。なにかの展示を示したジャケットは相変わらずだが、前作にあったオフィスの環境音はなくなった。メロディーもあるのだが絶妙に頭に残らない音楽で、改めて考えれば展示という概念は「家具」と共通するところもあるかも?とか。

 

 

 

 

mmph / Dear God

f:id:muimix:20210517075706j:plain静物を写したゴシックなアートワークがどこか不穏な空気を伝えている。地を這うような重低音と聴き手の恐怖を煽る音の演出が光る、架空のホラー映画のサントラのような作品。過剰に劇的な作曲や、ピアノやストリングスの効果的な起用からは映画音楽の素養も感じられる。ぶっちゃけBOTRというよりBlackest Ever BlackやTri Angleが得意とする音楽性で、実際に後者から翌年にリイシューされている。道中が怖いだけに最終曲のユーフォリックな響きがいっそう美しく映る。一度は通しで体験してもらいたい力作。

 

 

 

 

CTN. / Algorithmic Love

f:id:muimix:20210517075718j:plain涼しげなジャケットが印象的なドイツのアーティストの作品。浮遊感のあるコードを軸に展開するアシッドハウスで、4曲20分弱のEPサイズ。アナログシンセサイザーの強みである、自在に変調する電子音を堪能できる。サウンドはもちろんだがコードの印象も4曲で似通っており、全体に強い統一感がある。同じスタイルの楽曲集という意味ではかなり機能的というか、DJなどのツール的な側面もあるような。涼やか&軽やかなアルペジオが全編を彩る#3「Legacy Version 1.1」が個人的な好み。

 

 

 

 

Aphni / Tabrecn

f:id:muimix:20210517075601j:plainカナダのカルガリーを拠点にしていることくらいしか情報がない。おそらくデビュー作となるEPサイズの作品。神経質なダウンテンポアンビエントを4曲収録。霞がかったアンビエンスや往年のIDMっぽい音色などから、個人的にはSkee Maskを連想する(偶然かもしれないがジャケットも1stの『Shred』に非常によく似ている)。アグレッシブなビートが映えるかっこいいトラックとビートレスで抽象的なアンビエントが交互に配置されている。ボーナストラックを追加してアーティストのBandcampにてNYP

 

 

 

 

Rhucle / Wonderland

f:id:muimix:20210517075605j:plain東京ベースの多作な日本人アーティストのBOTRデビュー。風に揺れるカーテンのようなシンセに自然の環境音が大きくフィーチャーされるビートレスなニューエイジ。全編通してスタイルは変わらないのでよくも悪くも金太郎飴的。シンセサウンドの展開の仕方にはSSW的な構築があるようにも感じるが、リズムで明確に時間が区切られているわけでもないのでなかなか楽曲が掴めない。それでも、大きく分けるなら前半4曲が比較的陽性、後半4曲が陰性のフィーリングを持っている。小さな音量で聴くのも風情がありそうな作品だ。

 

 

 

 

mmph / Dear God (Remix EP)

f:id:muimix:20210517075608j:plainmmphによるBOTR055のリミックス盤。『Remix Playground』が一つの曲のみを(複数アーティストで)リミックスしたのに対し、こちらは元EPのすべての曲をリミックスしている。尺も元からあまり変わらず、まさに別バージョンといった塩梅。参加しているメンツ(CTN./Orthodontrix/Hollow Gem/Toiret Status/Ulla Straus)からなんとなく察せられるが、全体的にホラー味が薄まりエレクトリックな質感が強まっている。ホラーあってこそのホーリーと考えるなら、Ullaによる極端に抽象的な最終曲もアリに思える。

 

 

 

 

AL-90 / Dx2ov / Rare Tpax

f:id:muimix:20210517075612j:plainロシアのアーティスト二人のスプリット作品で、AL-90の7曲の後にDx2ovによる8曲が続けて収録されている。どこかくぐもった音の響きとアングラな雰囲気を共通要素として、AL-90は硬派な、Dx2ovはフリーキーなテクノを披露。おもしろいのは後者で、サンプリングを用いてBeat Detectives的な雑多な感性を見せつける。展開はラフでエフェクト処理は生々しく、スクエアなリズムを持ちながらも強い生命力を感じさせる。同じジャンルでもここまでテイストが違っていいのか!と聴き手を驚かせる貴重なスプリット。

 

 

 

 

VRTUA / Loud Formations

f:id:muimix:20210517075619j:plainSEGAメガドライブジェネシス)に搭載されているFM音源をエミュレートしたビビッドな音色が特徴のエレクトロニカサウンドはもちろん楽曲もゲーム音楽に影響を受けた機能的なもので、ゲーム音楽のファンは抗えない音楽だろう。#2「Theia」では(おそらく)ベースとなる楽曲を作った後に加工し、ゲームにおけるバグ現象を音で表現している。ハイライトはヴェイパーウェイヴを意識した?タイトルの#5「斜め」~#6「Orbital」の流れ。現在は本名をもじったBobby Speakerという名義でも活動中。

 

 

 

 

Duncan Malashock / Interiors, Vol. 1

f:id:muimix:20210517075615j:plainニューヨークのソフトウェアエンジニア兼ミュージシャンの作品。2~3分の人懐っこいシンセポップが4曲入ったEPサイズ。少し懐かしい感じのするキラキラしたシンセの音色と親密なメロディーは相性がいい。リズム的に入り組んだところもなく、どこまでもメロディー中心にアレンジされているため非常に聴きやすい。エレクトリックなサウンドとゆったりとしたテンポはどちらかといえば夜のリラックスした時間にフィットする。個人的にはゲーム『VA-11 Hall-A』のサントラを思い出す。本作が嫌いな人はあまりいないと思います。

 

 

 

 

Traxus / Martian Ayre

f:id:muimix:20210517075641j:plainどこか寂しさを感じさせるドット調のアートワークが印象的。サイバーパンクというタグや曲名などからなんとなくSFな世界観が浮かぶ。内容はゲーム音楽っぽい機能的なシンセポップで、中盤ではモロにチップチューンなスタイルも現れる。#7~#9は特にゲーム音楽っぽい(『洞窟物語』を思い出したり)のだが、同時発声数が絞られる故のメロディードリブンな構造がそう感じさせるのだろうか。#12「I'm 8 Today」はMúmオマージュ? 序盤はシリアスだが中盤から子供らしさが出てきます。アーティストのB(中略)NYP

 

 

 

 

Orthodontrix / scarcity

f:id:muimix:20210517075622j:plain約一年ぶりの二作目。曲名はすべて「i」という一人称から始まる文で統一されており、音楽性と合わせて抽象的なストーリーを感じさせる。サウンドは変わらずマッシブな質感のエレクトロニカ、あるいはスタジアム向けEDMといった感じ。前作にはなかったインタールード的な小曲の存在が象徴的だが、曲を跨いだ大きな流れを作ろうという意識があり、それが聴き手にアルバム単位での聴取を促している。明確に山場として構成されている7分超えの2曲もいいが、神聖な空気がデジタルに歪んでいく印象的なエンディングも良い。

 

 

 

 

Lost Desert / Heterogen Infiltration

f:id:muimix:20210517075625j:plain1989年にリリースされたフランスのバンドの自主製作盤のリイシューらしい(脈絡のなさに驚く)。内容は女性ボーカルのダークなニューウェーブ~ポストパンク。ボーカルのパフォーマンスはクールというか平熱感があるが楽曲のアレンジは充実しておりバンド自体の熱量も高い。シンセは曲ごとに多彩な音色を披露し耳を楽しませてくれる。ドラムなどたまにモタるところはご愛敬。個人的にはアッパーでかっこいい曲よりも#3や#7の、出口のない迷路をさまよっているかのような陰鬱な楽曲がよく嵌まっていると思う。

 

 

 

 

Weird Magic / Ulu

f:id:muimix:20210517075628j:plainベルギーのプロデューサーの、この名義では初となるフルレングス。基本となるスタイルはブレイクビーツIDMだが、異物感のある奇妙なジャケットのイメージ通りにところどころで謎のサウンドが顔を出す。その代表が1曲目の「Mjolgon」で……なんだろう、猿の鳴き声?と奇妙な電子音が大きくフィーチャーされミュータントな印象が出ている。しかしこのミュータント感を期待すると逆に肩透かしをくらう程度にはかっちりと作り込まれたアルバムでもあり…見た目の割に大人のバランス感覚で編まれた充実作。

 

 

 

 

CAMERON EVERETT / Purest Realms

f:id:muimix:20210517075631j:plainPLAYBOYのラビットヘッドと太極図を組み合わせた奇妙なイラストが目を引く5曲入りの約15分。輪郭のぼやけたエレクトロニクスにクールなボーカルが乗っかるR&Bクラウドラップ。1080p本の読者にはMagic FadesとYoung Braisedの中間と書いて伝わるか。でなければ初期のDrake。ボーカルはどちらかといえばジェントルでヤンキー感はない。薄靄のようなアンビエンスと滑らかな質感のシンセがムーディーな空気を演出する。全体に高品質だが、コード展開に一捻りある#4「whateverthisis」に特に惹かれる。

 

 

 

 

Nike_Vomita / NIGRA EP

f:id:muimix:20210517075634j:plainバルセロナのプロデューサーの作品。ウィッチハウスやニューエイジグリッチなど多彩な音楽性を窺わせるが、中心となるスタイルはおそらくIDMで、時にはモロにAutechreを思わせる場面も。強迫的な「NIGRA_THM」を除けばそこまでフィジカルに訴える感じもなく、サウンドの細かさ・忙しなさを踏まえると、(音楽に身体の動きが追いつかない故の)まさに頭の中で踊るための音楽と言える。音の密度が上がりすぎるとエクスペリメンタルな味も出る。現在REWORKバージョンが自身のBandcampで公開されている。

視聴:https://soundcloud.com/nike_vomita/sets/nike-omita-nigra-ep-promo-beer

 

 

 

 

Saturn's Daughter / MT4M

f:id:muimix:20210517075637j:plain多くのレーベルを股に掛ける超活動的なJordan ChristoffとMichelle MostacciのデュオのBOTRデビュー。メロディーがほぼないストイックなループを、サウンドを加えたり変調させたりしながら繰り返し続ける催眠的なミニマルテクノ。大枠となるループ自体は変化しないので、聴いていると自然と細かなアレンジ部分に意識が向く。それはミクロの世界にゆっくりとピントを合わせるような新鮮な体験だ。スタイルで言えばMove D & Benjamin Brunnが近いと思う。歌という概念を知らない宇宙人が奏でる音楽のようなイメージ。

 

 

 

 

Leedian / One

f:id:muimix:20210517075645j:plain愛媛出身の多作なプロデューサーによる、ぶっきらぼうなのか潔癖なのか分からないジャケットの作品。7曲約20分の不定形なエレクトロニカアンビエント。リズムやメロディーの要素は比較的薄く、シンセの自在な音色の変化で聴かせるスタイル。伸びたり縮んだり膨れたり萎れたり、常に変化し続けるシンセは奇妙な生命体のようでもある。楽曲はかっちりとした形を感じさせず、どちらかと言えばライブパフォーマンスのような印象。物理的な振動をイメージさせる少しざらついた音色は好みが分かれるかもしれない。

 

 

 

 

Jung Deejay / 7 Sketches For Akai Sampler

f:id:muimix:20210517080337j:plainJung DeejayはニューヨークのRandy Ribackのソロプロジェクトらしい。2022年10月現在、既に作品が取り下げられており、自分の検索範囲では作品をフルで聴く手段がなかったのでBOTRのサンクラに上がっている2曲のみを聴いた印象を述べる。滑らかなドローンに包まった機能的なテクノ。Terekke『Plant Age』や、レーベルならSUEDなどに通じるクラシックなIDM風味がある。ぶっちゃけ好き。当時はなぜか8-Bit版もリリースされていた。曲名の後ろに付けられている単語の意図は謎(豆腐? 怪獣?)。

 

 

 

 

Various Artists / Wind Rose 神龍雀舞

f:id:muimix:20210517075648j:plainレーベル初?のコンピレーション。比較的最近BOTRからリリースしたアーティストと新規のアーティストが半々ずつの計15曲。曖昧なエレクトロニカニューエイジブレイクビーツが主体で別段ヴェイパーウェイヴは出てこない。「神​龍​雀​舞」という中華?日本?なタイトルらしく、ときおりエキゾチックなサウンドやフィーリングが表れる(#4、 #7、#14あたりが顕著)。なので……作品のイメージとしては、「サイバー空間に再現されたアジアの街並みを散歩するときのBGM」という感じです(なんだそれ)。エレクトリックな音の質感は全体で共通していて、その上で多様なスタイルの楽曲が現れるので、エレクトリックな音が好きな聴き手には広くおすすめできる。全体のクオリティは高い。 #11のRhucleによるドローンアンビエントで流れを一度リセットしてからは終わりのシークエンスに入る。#13のTelemachusの過剰にクサいノリ(誉め言葉)は扱いに困っただろうが、作品全体のエンディングの一部としてはよく嵌まっている。全体に流れがよく練られた良質なコンピレーションだと思います。最初と最後の曲のチョイスは機能性の観点からかなり優れていると感じる。

 

 

 

 

CVLTS / aera

f:id:muimix:20210517080341j:plain現時点で最新のリリースは主催者によるレーベル4作目。他レーベルからぽつぽつとリリースはしていたが、BOTRでのリリースは実に6年半ぶり。6曲入りの約15分。ニューエイジと朴訥なテクノの中間のような音楽性。スタイルのシンプルさは今まで通りだが、今作では珍しくギターが登場しない。ウワモノの使い方的に近いのはIDMで、#6「zip」ではWarpA.I.シリーズを思い出したりも。特にテクノ寄りの楽曲で顕著だが、イントロもアウトロもなくぶっきらぼうというか…曲の簡素さも含めてスケッチのような印象を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

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