『ポップミュージックガイド 00年代スタンダード編』本文の後半部分です。
本企画の概要については以下の記事を参照ください。
『ポップミュージックガイド 00年代スタンダード編』Web版 はじめに - ヨーグルトーン
目次
2005
Andrew Bird / The Mysterious Production Of Eggs (Righteous Babe)
アメリカのSSWの通算6作目(バンドBowl of Fire解散後2作目)。彼の得意楽器であるバイオリンを筆頭に伝統的な楽器をふんだんに用いたフォーク/ポップス。楽曲は時にぐねぐねと曲がりくねるが、流れは自然であり、サウンドには優雅さすらある。映画音楽も手掛けるBirdは数多の楽器のサウンドを熟知したマスターであり、そのアレンジの才は本作でも遺憾なく発揮されている。様々な楽器(そこにはBirdの「プロの」口笛も含まれている)に見せ場を用意した本作は小さな展覧会のようでもあり、多くの人に新鮮に響くだろう。
Antony and the Johnsons / I Am a Bird Now (Secretly Canadian)
Anohni (Antony Hegarty) を中心とするアメリカのバンドの2nd。幽玄で荘厳な響きのチェンバーポップ。ピアノをメインに節度のある管弦が脇を固めたサウンドには厳粛な雰囲気がある。Lou ReedやRufus Wainwrightといった豪華な客演も目を引くが、それら全ての中心にあって、作品全体を包み込んでいるのがAnohniの深く大きなボーカルだ。豊かな響きを持つ歌声は圧倒的にユニークで、かつ美しい。楽曲はシンプルで素朴なものだが、演者のテンションに合わせて姿を自在に変えてゆく。強い感情の籠められた衝撃的な作品だ。
Boards of Canada / The Campfire Headphase (Warp)
イギリスのデュオの3作目。大胆なギターサウンドの導入と曲構造のポップスへの接近によってより間口が広くなっている。前半のハイライトを飾る#5「Dayvan Cowboy」はきらきらした雄大なシューゲイザーのようなサウンドで、まるでFennesz「Endless Summer」をポジティブに反転させたかのようだ。#13「Slow This Bird Down」の気の遠くなるような厚いハーモニーはGasの深遠なサウンドに匹敵する。2008年にSolangeが「This Bird」にてこの曲を直接的に引用しているが、この底の知れない美しいサウンドに歌を乗せるのは骨が折れたことだろう。伝統的な楽器の導入もあってディスコグラフィー上もっとも親密でカジュアルな作品であり、まさにその点で賛否が分かれる。しかしこの世のものとは思えないようなサウンドの美しさの前では大抵の物事は些事である。永遠に浸っていたくなる作品だ。
Bright Eyes / I'm Wide Awake, It's Morning (Saddle Creek)
Conor Oberstを中心とするアメリカのバンドが2005年に二枚同時にリリースしたアルバムのうちの一つ。牧歌的で穏やかなサウンドのエモーショナルなフォークロック。ボーカルはやや線が細いが内には豊かな感情が溢れており、それは楽曲のところどころで爆発する。劇的なことに感情の最高潮はアルバムの最終曲「Road to Joy」で訪れる。ベートーベンの歓喜の歌を模したこの曲の終わりで彼は”I'm Wide Awake, It's Morning”と高らかに歌い上げるのだ。こんなに鮮烈なエンディングが他にあるだろうか。
Clap Your Hands Say Yeah / Clap Your Hands Say Yeah (Self-released)
Alec Ounsworthを中心とするアメリカのバンドのデビュー作。軽やかで楽し気なインディーロック。やや不安定ながらもしっかりとフィジカルに訴えかけるアンサンブルに、おもちゃのようなキラキラした音色のキーボードが色を付ける。へろへろで投げやりなボーカルは数多のインディーロック・スターを思い起こさせる。アルバム全体の風通しの良さも魅力だ。自主制作ながらも作品が広く流通した背景にはMP3ブログを始めとしたインターネットの存在があり、そういう意味でも象徴的なリリースだ。
The Clientele / Strange Geometry (Pointy / Merge)
イギリスのバンドの2nd。流れるようなアルペジオを中心とするフィンガースタイルのギターとリバーブを効かせた柔らかく幻想的なサウンドが特徴のロック~ドリームポップ。基本はバンドサウンドだが要所で艶やかなストリングスが華を添える。浮遊感のあるぼやけたサウンドは親密で、夜の穏やかな空気がある。楽曲の充実度合いがずば抜けており、初聴時は作品をいくら聴き進めても良い曲しか出てこないことに驚くだろう。Yo La TengoとFelt、あるいはReal Estateの良い部分をまとめたような極上の作品。
Clipse / We Got It 4 Cheap Vol. 2 (Self-released)
Pusha TとNo Maliceの兄弟ユニットClipseにAb-LivaとSandmanが加わったRe-Up Gangよるミックステープシリーズの二作目。(ジャンルに疎いのでこの形式が一般的なのかわからないが)他アーティストのトラック(オリジナルのトラックも少しある)に自身のラップを乗せたもので、ダンスミュージックにおけるDJミックスのように楽しめる。サウンドには統一感があり、勢いと野蛮な魅力に満ちている。特に終盤、#16「Maybe (Remix)」~「One Thing」~「Ultimate Flow」の流れは完璧だ。作品はDatpiffなどから入手可能。
Richie Hawtin / DE9 | Transitions (M_nus / NovaMute)
カナダのDJ/プロデューサーのDJミックスシリーズの3作目。AbletonやProToolsといったDAWを用いて素材となる複数のトラックを分解し、新たにひとつのトラックとして再構成したものを繋げた作品。ブックレットには使用された楽曲名が膨大な数記されているが、そのどれもが非常に細かく分解された上で使われているため判別は難しい。他人の楽曲を元にしながらもほとんどHawtinの新作としか聴こえない本作を果たしてDJミックス作品と呼んでいいものか、聴き手は頭を悩ませることになるだろう。そしてHawtinは大胆にも、再構成されたトラックに自ら新しいタイトルを付けている。一度に7つもの異なるトラックが鳴らされることもある本作では、従来通りに使用した楽曲名を並べていってはトラック名が長くなりすぎてしまう(Discogsの作品ページを一度覗いてみるといい)……という実際的な問題もあるのだが、ここには「ミックス作品にもオリジナリティは宿る」というHawtinのステイトメントが込められているように思う。音楽性について。シンプルなフレーズが幾重にも重ねられたミニマルテクノで、細かな襞のグルーヴが聴き手をがっちりとロックする。音の層の厚さは前作以前とは比べ物にならない。一音一音は丁寧にトリートメントされており、展開の滑らかさも相まって聴いた印象はかなりまろやかだ。過去最高に耳ざわりが良く、かつディープな作品で、どちらかと言えばリスニング向け。骨太でハードなものを好む向きには以前の作品を勧める。「ミックス」という手法が限界まで突き詰められた芸術品にして、膨大な熱量と労力のかけられた労作。本作以上に緻密なミックス作品はそうそう現れないだろう。
The Decemberists / Picaresque (Kill Rock Stars)
Colin Meloyを中心とするアメリカのバンドの3rd。アコーディオンやハーディ・ガーディを含むトラディショナルな楽器を組み込んだシアトリカルなロック。アルバムはBelle & Sebastianに通じる暖かなポップを挟みつつも、ドラマティックで勇壮な楽曲を基調としている。オープニング「The Infanta」の、ピアノとドラムの安定したビートに乗せて勢いよく突き進む様子はまるで行進曲のようだ。明るく親しみやすい作品であり、バンドの入門にも適している。歌詞は歴史的な出来事を基にしているらしい。
The Drones / Wait Long By the River and the Bodies of Your Enemies Will Float By (ATP)
オーストラリアのバンドの2nd。Neil Youngの影響を受けたブルージーなガレージロック。ほぼライブ録音であり、バンドの獰猛で破壊的な様子が克明に切り取られている。「Locust」ではエクスペリメンタルで繊細なビルドアップを披露し、バンドの卓越した構成力をアピールする。細かなノイズをも自在にコントロールする姿はSonic Youthにも重なる。しかしサウンドの狂暴性はこちらが一段上で、まるで錆びたナイフで切りつけられているかのようだ。確かな実力を備えた荒くれ者たちによる衝撃的な一枚。
Isolée / We Are Monster (Playhouse)
ドイツのプロデューサーの2nd。様々なスタイルを混ぜ合わせた懐の広いダンスミュージック。ニューウェーブライクなバンドサウンドやエレクトロ、フィルターハウスやシンセポップなど、多彩なスタイルを自在に操る手つきには驚愕を禁じ得ない。結果的に「Isoléeの音楽」としか呼べないようなオリジナルなサウンドができ上がっている。共通しているのはサウンドのほど良い隙間と暖かく柔らかい音色で、これらの要素が作品を開かれたものにしている。特定の枠に収まらないユニークなサウンドはタイムレスな魅力を獲得している。
Kanye West / Late Registration (Roc-a-fella)
アメリカのアーティストの2nd。壮麗で豪華なヒップホップ。ソウルフルなサンプリングを特徴とする従来のスタイルに、映画音楽作曲家でもあるJon Brionがプロデューサーとして華やかな管弦を加えている。ポップでドラマチックなトラックを得意するWestとBrionの相性はすこぶる良好で、祝祭感のある「We Major」や「Celebration」は二人の最高の成果だろう(劇的すぎてアルバムのエンディングかと思ってしまう)。ヒップホップの枠に収まらないWestの野心はここに大文字のポップとして結実した。
The Mountain Goats / The Sunset Tree (4AD)
John Darnielleを中心とするアメリカの多作なバンドの9作目。ジャングリーなギターと清らかなピアノが印象的な、清涼感のあるフォークロック。ハキハキとしたボーカルも爽やかな印象に拍車をかける。歌の描写の中心となるのは義父から虐待を受けていたDarnielleの少年時代で、それは明るいサウンドとの間に魅力的なコントラストを生んでいる。#3「This Year」の決意に満ちたコーラスは似たような境遇の聴き手を強く勇気づけるだろう。シンプルながら深い味わいのある作品だ。プロデュースはJohn Vanderslice。
The National / Alligator (Beggars Banquet)
アメリカのバンドの3作目。空間系のエフェクトと有機的に絡み合うバンドアンサンブルという、典型的な特徴を備えたポストパンクではあるのだが、ボーカルを含め中低音でまとめられたサウンドと適度な丸みのある楽器の音色のせいか、どこかジェントルな雰囲気があるのが特徴だ。アルバムにはロック的な激しい曲と、丁寧にアレンジされた穏やかな曲がほぼ半分ずつ収録されており、互いが互いを引き立てあっている。渋い、深みのある充実した作品だが、強い刺激を求める聴き手には見過ごされることもあるだろう。
Robyn / Robyn (Konichiwa)
スウェーデンのアーティストの4作目。方向性の違いからJiveレコーズを脱退したRobynは同郷のThe Knifeのインディペンデントな活動姿勢にインスピレーションを受け、自身のKonichiwaレコードを立ち上げる。そしてリリースされたアルバムは自身の名を冠したフレッシュで充実したものとなった。エレクトロニカとヒップホップの影響を受けたハイブリッドなポップで、実質的なオープニングトラックの挑発的な曲名(「Konichiwa Bitches」!)がアーティストの自信を物語っている。
Sam Prekop / Who's Your New Professor (Thrill Jockey)
シカゴを拠点として活動するアーティストのソロ2nd。穏やかな空気のジャジーなロック。序盤こそアップテンポで活気があるが、本作の真骨頂は中盤以降のフラットで自然な流れだ。湿ったエモーションのあふれる名曲#4「Two Dedications」を過ぎると、以降はどこまでもリラックスした自然体の音楽が広がっている。その音の身体性だけを抽出したかのような音楽は、過剰な情感がない故にあらゆるシチュエーションにフィットする。おそらく明確に「フラットな感じ」を意識して作られたのではないか(なにも考えずに製作したらこのような音楽は生まれないだろう)と思うが、そもそもそこにフォーカスする・できるアーティストが世界にどれだけいるだろうか。稀有な感性が研ぎ澄まされたユニークな作品で、地味ではあるが他のどんな作品にもない平穏な空気が詰まっている。快晴よりはやや曇りがちな空が似合う、なんでもない日常のサウンドトラック。
Sleater-Kinney / The Woods (Sub Pop)
アメリカのバンドのレーベル移籍後初となる7作目。パワフルで獰猛なロック。プロデューサーにDave Fridmannを迎えて作られたサウンドは過去最高に重く分厚く、もはやメタルやシューゲイザーの領域に達している。コブシを効かせて歌い上げるボーカルには今にも噛みつかれそうな迫力がある。Led Zeppelinをも彷彿とさせる強力なサウンドで、アルバム終盤、10分を超えるフリークアウト「Let's Call It Love」を聴き通し、不穏ながら美しい終曲「Night Light」に辿り着いたころにはまるで台風が過ぎ去った後のような心地になっている。
Stephen Malkmus / Face The Truth (Matador)
元Pavementのフロントマンのソロ3作目。挑戦的なタイトルが示すようにフレッシュで勢いのある快作。1曲目「Pencil Rot」の攻撃的なイントロからかましていく本作は、サウンドこそローファイだが、楽曲やプレイにへろへろとしたところが微塵もないのだ。穏やかな曲におけるレイドバックにもしっかりとした意志がある。唯一#10「Baby C'mon」のみ緩いグルーヴで破れかぶれに突っ込んでくるが、それもここまで聴いてくれたリスナーのためのファンサービスだ。Malkmusの創造性は本作で何度目かのピークを迎えている。
Sufjan Stevens / Illinois (Asthmatic Kitty)
アメリカのSSWの5作目で、2003年の『Michigan』に続きイリノイ州をテーマとしている。フォークからポップへ華麗な転身を遂げた飛躍作。複数のフレーズを有機的に組み合わせるアレンジの手腕はここで最高の冴えを見せている。多くの曲がポップに振り切れる一方で、従来の美しく繊細な曲は特別な輝きを放っている。「Casimir Pulaski Day」はその筆頭で、歌詞の示す物語を知れば涙を禁じ得なくなるだろう。深い背景のある作品だが、それを知らずとも「00年代最高のポップ作品の一つ」という地位は揺るがないだろう。
Sunn 0))) / Black One (Southern Lord)
アメリカの実験的なバンドの5th。通常より低くチューニングされたギターによる特大のディストーションサウンドを中心に据えたドゥームメタル~ドローン。メロディーやリズムといったものはほぼ無く、ただ引き延ばされた音の運動だけが存在している(#2「It Took the Night to Believe」のみはっきりとしたリフが存在するが、アルバム全体で見れば例外的だ)。運動のベースに減衰がある点は異なるが、Eliane Radigueのメタル版のような趣である。本作を楽しむには最低限、音色のディテールが掴めるレベルの音量が必要だ。
Galaxy 2 Galaxy / A Hitech Jazz Compilation (Submerge)
“Mad" Mike Banksを中心とするUnderground Resistanceとその別名義のユニットの楽曲をまとめた二枚組コンピレーション。収録曲のほとんどが90年代に発表されたものだが、①まとまった量の(さらに言えばCDの)リリースが貴重なジャンルであり、このタイミングを逃すと紹介する機会がなくなるであろうこと、②実際、本作のリリースが彼らが広く一般に聴かれた最初の機会であること、などの理由により選出。「Hi Tech Jazz」と銘打たれているように、デトロイトテクノの中でもジャズ寄りの音楽性で、楽曲によっては70年代の電気化の進んだジャズの延長としても聴くことができる。宇宙的な響きのコードとクラフトワークを祖とするマシーンファンクの組み合わせはスリリングかつどこまでもロマンチックである。ポップミュージックの大きなサブジャンルの一つとして一度は聴いておくべきだろう。市場をある程度観察してきたが、間違いなく今(21年)が最も本作を入手しやすくなっている。
Vashti Bunyan / Lookaftering (FatCat)
イギリスの伝説的なSSWによる35年ぶりとなる2ndアルバム。穏やかで美しいフォーク。Max Richterによるプロダクションは繊細で慎みがあり、Bunyanの儚げな歌声を引き立てている。本作にはDevendra BanhartやJoanna Newsomをはじめとする、彼女の音楽に影響を受けたアーティストが各々の得意楽器で参加しており、サウンドの幅を広げている。なによりすばらしいのはBunyanの光り輝くソングライティングで、流れるようなメロディーラインは息を呑むほどに美しい。伝説が真実であったことを証明する完璧な復帰作。
2006
Arctic Monkeys / Whatever People Say I Am, That's What I'm Not (Domino)
イギリスのバンドのデビュー作。楽器が密度高く絡み合う、ダンサブルなギターロック。曲の多くは2分台だが、そのどれにも多数のアイデアが詰まっており、また演奏のテンションの高さも相まって非常に濃密な印象を受ける。バンドのドライブ感は相当なもので、まるで暴れ馬に乗っているかのようだ。バンドがライブやインターネットを通して(半ば無自覚に)築いていた強固なファンベースは、本作をイギリスで最も売れたデビューアルバムに押し上げる。現代版『Marquee Moon』とも呼べそうなすばらしい作品だ。
Belle and Sebastian / The Life Pursuit (Matador)
イギリスのバンドの6作目。太陽のように明るく暖かい、瑞々しいインディーポップ。音楽的な冒険はなく、ただ楽曲のポップさのみで確固たる地位を築いている。アレンジはどこまでも整理されており、これ以上足せる音も引ける音もない。音楽とは音を足せばよりポップになるというような簡単なものではないことをバンドはよく分かっている。The Beatles『Magical Mystery Tour』に並び立つ完璧なポップの実現であり、ポップの魔法を解き明かしたい人のための最良の教科書でもある。
Bonnie “Prince” Billy / The Letting Go (Drag City)
アメリカのSSWの、この名義における7作目(カバー作等含む)。Björkとの仕事で高名なValgeir Sigurðssonによってアイスランドで録音された本作は慎み深く、どこか敬虔な響きを持っている。ベースは素朴なフォークだが、Faun FablesのDawn McCarthyによるコーラスのアレンジとNico Muhlyのストリングスアレンジが作品を美しく神秘的なものにしている。#9「The Seedling」を境にアルバムはより穏やかに・抽象的になっていき、最後の無題のトラックにて、アルバムタイトルが示唆した通り、音楽は彼の手を離れていく。
Califone / Roots and Crowns (Thrill Jockey)
シカゴのバンドの6作目。ゴツゴツ・ガチャガチャした手触りの迫力あるサウンドは健在だが、本作では楽曲がキャリアでもトップクラスにポップでキャッチーになっている。#3「Sunday Noises」のストレートに美しいメロディーがバンドのブレイクスルーを告げている。続く#4「The Eye You Lost in the Crusades」ではケレン味のあるギターがボーカルと一緒に熱く歌い上げる。繊細なノイズのコントロールも映えている。曲・演奏・音響と三拍子揃った充実作で、率直に言おう、もっと評価されていい作品だ。
Destroyer / Destroyer's Rubies (Merge)
Dan Bejarを中心とするカナダのバンドの7作目。ドラマティックでスケールの大きなロック。熱狂的なクレッシェンドと、思わず一緒に歌いたくなってしまう印象的なリフレインが聴き手を捕えて離さない。情熱的な楽曲の構造は当然演奏者にも影響し、楽曲は彼らの気が済むまで……彼らが燃え尽きるまで拡張し続ける。その様子はさながら『Highway 61 Revisited』の頃のBob Dylanのようだ。繰り返されるフレーズは強力な連帯を促し、多くを巻き込んでいく。本作がライブで演奏されたらどれほど盛り上がるのか想像もつかない。
Ghostface Killah / Fishscale (Def Jam)
Wu-Tang Clanのメンバーであるアメリカのラッパーの5th。ポップさとハードさのバランスの取れた完成度の高いヒップホップ。本作と名盤と名高い『Supreme Clientele』との主な違いはプロデューサー陣にある。『Supreme~』でトラックの半分近くを手掛けていたRZAは本作ではラップでの客演に留まり、空いた穴を外部のプロデューサーが埋めている。特に最多となる4曲を提供したMF DoomとJ Dillaの貢献は大きく、アルバムに親密なメロウさを加えている。アルバム中盤以降はメロディアスとも形容できそうなほどで、実際、初期のStereolabを彷彿とさせるヴィンテージな音色のオルガンが印象的な#17「Jellyfish」では調子っぱずれの歌のようなものも聴くことができる。メロウに偏った際にはPete Rockのファンキーで骨太なトラックが流れを引き締めるのだが、そのあたりのバランス感覚も一流だ。音の細かな質感こそ古めかしいが、トラックやラップには普遍的な良さが宿っている。
Girl Talk / Night Ripper (Illegal Art)
アメリカのDJによる3作目。2 Many DJsなどが世に広めたマッシュアップという手法は本作でさらに突き詰められ、約40分の間に300以上ものサンプリングが入り乱れることに。その詰め込み具合は原曲の良さを残しながらできるギリギリのところまできている。1ループだけで切り替わることもザラなサンプリングの応酬は、快感の多くを元のフレーズのキャッチーさに依存しており、そこに有機的な音の快感はない。つまり「(楽曲の)構造がもたらす快感」がないのだ。それは楽曲をメタ的に利用するDJミックスであっても、そこに構造さえあれば自然と宿ってしまうものなのだが、本作はその種の快感が驚くほどに希薄である。再利用=繰り返しを許さない(する余裕がない)スタイルが原因だが、そのような音楽作品は世界的に見ても珍しいだろう。予感の発生しない本作の聴取にあたっては、聴き手のそれまでの音楽的経験はただノスタルジーの起点としてしか機能しない。音楽の表面的な快感「のみ」を抽出することに成功した稀有な作品で、体験としてはなにも考えずに眺めるだけのツイッターが近いかもしれない。
Hot Chip / The Warning (EMI / DFA)
イギリスのバンドの2nd。カラフルな電子音が耳を引くスマートなエレポップ。サウンドは幻想的なエレクトロニカのキュートで人懐っこいものからDFA印の生々しくザラついたものまでと幅広いが、どの音も非常に丁寧にトリートメントされており、一音一音が強い存在感を放っている。R&Bをベースとした楽曲はシンプルで、それを洗練と取るか怠慢と取るかで評価が分かれそうだ。しかしそのシンプルさはキャッチーさと地続きのもので、収録曲の多くがワンループで聴き手の頭を支配するポテンシャルを秘めている。
J Dilla / Donuts (Stones Throw)
アメリカのヒップホッププロデューサーの2nd。ラフさと深さを兼ね備えたスリリングなインストヒップホップ。ほとんどの曲が1分前後の尺で、気が付くと次の曲へ移り変わっている。基本的にじっくりと時間をかけて盛り上がることはないが、それを構築美の欠如と取るかハイライトの連続と取るかは人による。散漫に感じられる部分もあるがうっとりするほど美しい瞬間もあり、例えば#8「The Diff'rence」~#10「Time: The Donut of the Heart」のメロディアスかつセンチメンタルな流れはアルバムのハイライトの一つだろう。終盤、ソウルフルでポップな#27「U-Love」に続く「Hi.」~「Bye.」(タイトルが印象的だ)の内省的な流れも非常に味わい深い。作品のほとんどが病院のベッドの上で、おそらく自身の死を身近に感じながら作られている。病気に苦しみつつも作品を完成させたことは間違いなく偉業だ。しかしそのような背景を抜いたところで本作の価値は揺るがない。繰り返し聴くに値する驚きに満ちた作品である。J Dillaは本作をリリースした三日後に亡くなっている。
Jay Reatard / Blood Visions (In The Red)
複数のバンドで多数の作品を残したアメリカのアーティストの1stソロ。速く、鋭く、やかましいエクストリームなガレージロック。ほどんどの曲は1~2分の長さでアルバムのトータルタイムは30分を切る。演奏は聴き手の尻を蹴り飛ばすような勢いに満ちており、音楽的な、そして物理的にも気付け薬として機能する。2010年に惜しくも亡くなるが、自由時間のほとんどを製作に費やす創造的なスタイルはTy Segallなどに引き継がれ、またその死はDeerhunterに「He Would Have Laughed」という名曲を作らせることになる。
Joanna Newsom / Ys (Drag City)
アメリカのSSWの2nd。全5曲55分で、製作にはVan Dyke Parks、Steve Albini,、Jim O'Rourkeが参加……この前情報の時点ですでに“事件”の様相を呈している。しかし期待に反してその内容は人を選ぶものとなった。問題はサウンドやパフォーマンスではなく楽曲だ。平均10分を超える楽曲は、The Fiery Furnacesのようにメインのメロディーが移り変わることはなく、ただ楽曲全体が引き延ばされたかのように同じメロディーが繰り返される。そして肝心のメロディーだが、それだけの反復に耐えうるだけの強度があるかというと微妙なところだ。端的に言えば冗長である。歌詞の意味をリアルタイムで取れれば印象も変わるのかもしれないが、そんなことは他のあらゆる作品にも言えるだろう。しかしその苦悩もアルバム前半までだ。#4「Only Skin」は約17分もある大曲だがあまり繰り返しがなく、メロディーがシームレスに移り変わっていく。それは先の見えない船旅のようなもので、険しいがスリリングだ。#5「Cosmia」は逆に最も短い(それでも7分ある)がドラマチックで、よく引き締まっている。あのすばらしい『Have One on Me』を経た耳では過渡期の作品に聴こえるが、それでもその吟遊詩人のようなスタイルはいまだユニークで、かつ圧倒的だ。長大で複雑な楽曲は時間を置いて繰り返し触れることでまるで千夜一夜物語のように徐々に魅力を増していくだろう。
Lindstrom / It's a Feedelity Affair (Smalltown Supersound)
ノルウェーのアーティストが自身のレーベルFeedelityからリリースした作品をまとめたコンピレーション。明るく、開放感のあるディスコ~ハウス。サウンドはギターの演奏など打ち込み以外の音もふんだんに使用された折衷的なもの。本作の特徴はそのサウンドの“自然さ”。一般的にダンスミュージックとそれ以外では、その用途や製作方法の違いによってサウンドの質感や楽曲の構造が異なってくるのだが、本作はそのギャップが驚くほどに小さいのだ。ジャンルの壁を感じさせない本作は00年代でも最も間口の広い作品の一つだ。
My My / Songs for the Gentle (Playhouse)
ドイツのDJ/プロデューサーの三人組のデビュー作。明瞭な音遣いが特徴のミニマルハウスで、ゆったり取られた音のすき間が細かな演出を際立たせる。大まかに3部に分けられるアルバムは前半がミステリアスでファニー、中盤がディープでドラマチックで、後半はファンキーでダンサブルといった具合。とりわけ中盤(#5~#8)がすばらしく、シンプルなサウンドでここまで繊細な展開ができるのかと唸らされる。ダンスフロアとパーソナルな聴き手の両方を満足させる驚異的なバランス感覚は20年代においても貴重なままだ。
Panda Bear / Person Pitch (Paw Tracks)
Animal Collectiveのメンバーでもあるアメリカのアーティストの3rd。エフェクトが幾重にも重ねられたダビーなサウンドとシンプルなメロディーのループが特徴のサイケデリックポップ。言葉にすれば単純だが、それぞれの要素の程度が異常なレベルで、正直、ポップの領域を超えていると言っていい。いつまでも続くループと空間が歪んでいるかのようなぼやけた音像は危険を感じるほどにドラッギーだ。The Beach Boysを彷彿とさせるスウィートなメロディーとハーモニーがかろうじて本作を尋常の域に繋ぎとめている。
Scott Walker / The Drift (4AD)
アメリカのアーティストの11年ぶりのオリジナルアルバム。この音楽をどう形容すればいいのか。音楽ではあるがポップの文脈にはなく、これ以外のほとんどの作品に通用する感性や聴き方が本作には通用しない。Walkerが“blocks of sound"と呼ぶ手法で作られた楽曲には有機性がなくただ不安定で、それは積極的な恐怖よりもタチが悪い。脈絡のない前衛芸術で、集中したリスニングによりミクロなドラマを感じることも出来るが、それがプラセボ効果によるものでないという保障はない。いずれにしたところで聴き手がかける労力に見合った快感は本作からは得られない。気持ちよくなりたいなら素直に他の作品を聴くべきだ。しかし本作が圧倒的にユニークであることは事実であり、それはつまり聴き手が本作から得られるものも唯一無二であることを意味する(だからといってそれだけで本作が傑作扱いできるわけではない)。批評家は本作を高く評価するが、全人類が批評家になる必要はない。変な……では済まされない、「不快な」音楽を聴きたくなったときに聴くといい。
Sufjan Stevens / Songs For Christmas (Asthmatic Kitty)
アメリカのSSWが2001年~2006年の間におおよそ年に一枚のペースで発表したEP5作をまとめたBOXセット。名前の通り、全42曲の約半分は伝統的なクリスマスソングで、残りはSufjanのオリジナルである。作品にはSufjanのアレンジの才能の進化のドキュメントのような面があり、素朴なフォークから『Illinois』で見せた豪華で複雑なオーケストラポップまでが幅広くパッケージされている。そういう意味でアーティストのファン向けの作品とも言えるのだが、その前の段階として、キリスト教の圏外の聴き手に対するクリスマスソングの最高のデモンストレーションとしても本作は機能する。クリスマスをテーマにしたオリジナルのポップスは誰もが耳にするが、伝統的なクリスマスソングをちゃんと聴いたことのある人は意外と少ないのではないか。本作はすばらしいアレンジを身にまとったそれらを堪能する機会を与えてくれる。祝祭的で、美しく、そしてとびきりに楽しい楽曲群は世界中の人々を笑顔にするだろう。
TV on the Radio / Return to Cookie Mountain (4AD / Interscope)
アメリカのバンドの2作目。複数のジャンルのスタイルを混ぜ合わせた熱狂的で混沌としたロック。そのカオスの一例として、オープニングトラックの「I Was a Lover」を挙げてみよう。ヒップホップのビートに妖しげなシタール、重厚なホーンのサンプリングとビームのようなエレクトリックノイズに轟音ギターの暴風雨が遠慮なく重ねられるサウンドは、聴き手を状況の掴めない戦場のただ中に放り込む。そして極めつけは“I was a lover, before this war...”と歌う悲痛な響きのボーカルだ。なにが起きているのか分からないが酷く印象的で、聴き手の感情に強く訴える。この馬鹿げた、それでいて感動的なサウンドは一体どのようにして生み出されたのだろうか? 一度冷静になろう。彼らの音楽は基本的には空間を黒く塗り潰すシューゲイザーサウンドと、ファンク、ドゥーワップ、ゴスペルなどの伝統的なアフリカン-アメリカンの音楽の組み合わせだ。しかしもちろんこれだけで全てが説明できるわけではない。David Bowieも惚れこむ艶やかで巨大な音楽は、20年代においてもまるでモノリスのように異様な存在感を持って屹立している。
2007
Battles / Mirrored (Warp)
元Don Caballero、Storm & StressのIan Williamsによって結成されたアメリカのバンドのデビュー作。メンバーの経歴が雄弁に物語るハードコア~マスロック。多数のパートが高速かつ緻密に絡み合う様子は目まぐるしいが、脳がぐちゃぐちゃにされるような、ある種原始的な快感がある。同様のスタイルでも、フレーズの反復の仕方によってダンスミュージック(#2「Atlas」)からレコメン系(#6「Rainbow」)まで幅広い音楽性が提示される。運動神経抜群のミュージシャンが放つ渾身の剛速球のようなアルバムだ。
Beirut / The Flying Club Cup (4AD / Ba Da Bing!)
Zach Condonを中心とするアメリカのバンドの2nd。ブラスバンドを背景に深みのあるボーカルが熱く歌い上げる民族色濃いインディーポップ。バンドはオーケストラと呼ぶには小ぶりだが代わりに距離が近く、親密で生々しい迫力がある。楽曲はJacques Brelやフランスのシャンソンから影響を受けており、優雅なアレンジと情熱的なパフォーマンスが同居している。彼のキャリア史上もっともドラマチックで熱量の籠められたアルバムであり、全編に渡って異国の下町の活気のようなものに溢れている。
Bjørn Torske / Feil Knapp (Smalltown Supersound)
ノルウェーのアーティストの3rd。ダブ・レゲエの影響を受けた爽やかで瑞々しいハウス。ダブ・レゲエというと重苦しい…まではいかずとも、むさくるしい印象が少なからずあるのだが、本作はそれらの手法を取り入れつつも軽やかであり続けており、そのことが特徴にもなっている。そして軽やかさにも通じる要素として、本作には「なんでもあり」な折衷性と遊び心がある(ゲームの音声を使ったその名もズバリな#2「Spelunker」が象徴的だ)。自然な折衷性とオプティミズムの入り混じった彼のスタンスはPrins ThomasやLindstrøm、10年代で言えばDJ Sotofettまで、ノルウェーの新世代に脈々と受け継がれている。…が、そのような歴史的な視点はさておき、ひとまずこの風通しが良くユーモアにあふれた作品に触れてみよう。思わずもう一度再生したくなるような楽しいサウンドがあなたを待っている。
Bruno Pronsato / Why Can't We Be Like Us? (Hello? Repeat)
アメリカ出身ベルリン在住のDJ/プロデューサーの2nd。Ricardo Villalobosなどに通じる、パーカッシブなサウンドでまとめられたミニマルハウス。ジャケットのイメージ通りダークでモノクロームな雰囲気がある。メロディーが断片的で抽象的なため取っつきづらいところがあるが、トラックの作り込みは凄まじく、何度聴いてもその全貌が掴めないほどだ。基本的に実験的な作品だがリズムは細かく豊かで、ダンスミュージックとしての快感はしっかり保障されている。これほどのクオリティの作品にはなかなか出会えないだろう。
Burial / Untrue (Hyperdub)
アンダーグラウンドな活動で知られるロンドンのプロデューサーの2nd。ダークかつ親密な、ダブステップとアンビエントのハイブリッド。跳ねるような入り組んだビート、金属質のハードボイルドなサンプルと変調されたソウルフルなボーカルサンプルを特徴とする。作品は人を踊らせる機能よりも沈痛でメランコリックな雰囲気の醸成に注力しており、リバーブによるおばけのような音響や人工的な音色のストリングスが高い効果を上げている。柔らかさと硬さ、そして憂鬱と官能が同居した美しいアルバム。
Dan Deacon / Spiderman of the Rings (Carpark)
アメリカのアーティストのデビュー作。躁的でハイパーなバブルガムポップ。勢いのあるブレイクビーツにノイジーなエレクトロニクスを被せたサウンドは原始的なパワーに満ちている。楽曲はハッピーハードコアやガバテクノをベースに子ども向け番組のテーマソングのようなキャッチーなメロディーを組み合わせたもので、騒々しく元気いっぱいだ。アルバムのハイライトである#3「Wham City」(彼の所属するボルチモアのグループ名でもある)では執拗な反復が聴き手をトランスさせる。童心に帰って騒いでしまおう。
Deepchord Presents Echospace / The Coldest Season (echospace [detroit])
DeepChordのRod ModellとSoultekことSteve Hitchellのユニットによるデビューアルバムで、2007年にリリースした連作シングルをまとめて滑らかに繋げたもの。研ぎ澄まされた音響が聴き手をどこか荒涼とした場所へ誘う、アンビエント寄りのダブテクノ。一度ハマると抜け出せなくなるほどのディープさで、特にビートレスながら深遠なサウンドスケープを描く#3「Ocean of Emptiness」は圧巻。偉大な先人が開拓した領域を拡げるものではないが、ジャンルの新たなスタンダードになりうるだけのクオリティがある。
Deerhunter / Cryptograms (Kranky)
アトランタを拠点とするバンドの2nd。アルバムは二回に分けてレコーディングされ、その一回目にあたるアルバム前半(#1#~7)は獰猛なベースが牽引するクラウトロックとドローンサウンドが横溢するアンビエントが、後半は次作以降に繋がる音楽性の、おばけのようなボーカルがリードするサイケデリックポップが展開される。特に前半における、クラウトロックにシューゲイザーの過剰さを加えアクセル全開で突っ込んでいくロックは思わず鼻血が出そうになるほどに過激でスリリングだ。
The-Dream / Love/Hate (Def Jam)
他アーティストへの楽曲・詞提供で名を上げたアメリカのSSW/プロデューサーのデビュー作。複雑ながら洗練されたR&B~ポップ。スッと抜けるような清涼感のある歌声でラップとソウルフルな歌唱を自在に行き来する。Christopher "Tricky" StewartとCarlos "L.O.S." McKinneyという気心の知れたメンバーによるプロダクションは華やかかつしなやかだ。メロディーというかコール&レスポンス的な掛け合いが過剰のようにも感じるがそれも楽しみの一つか。各曲がシームレスに繋がる構成も巧みな、芸術的なポップアルバム。
The Field / From Here We Go Sublime (Kompakt)
ベルリンを拠点として活動するプロデューサー/DJのデビュー作。サンプリングをベースにした陶酔的なテクノ。サウンドはKompaktらしく滑らかで綺麗にまとめられている。Underworldと同様にじっくりと期待させてから爆発させるスタイルだが、本人が公言するGasからの影響か、こちらの方がよりトランシーで酩酊するような感覚がある。楽曲の構造はキャッチーさを感じさせるほどにシンプルだが、そのカタルシスの大きさは比類がない。#1「Over The Ice」は「Born Slippy .NUXX」に匹敵するパワーを秘めたアンセム。
Grizzly Bear / Friend EP (Warp)
アメリカのバンドの、2nd『Yellow House』に続くEP。過去曲の再録音バージョンと、他アーティストによるカバーなどが収録されている。フルアルバムを差し置き本作を選出した理由は、そのサウンドのスケールの大きさだ。「Alligator (Choir version)」「Little Brother (Electric version)」のクライマックスにおけるサウンドはまさに“爆発”と呼ぶにふさわしい。その衝撃の裏には一曲の中で静寂から轟音までを滑らかに繋いで見せる構成の妙もあるだろう。バンドはこの2曲だけで00年代、いやロック史に名を遺すことになるだろう。
Jens Lekman / Night Falls Over Kortedala (Service)
スウェーデンのアーティストの2nd。The Magnetic Fieldsの牧歌的で可愛げのあるインディーポップと初期のScott Walkerの優雅なバロックポップを合わせたような、暖かく朗らかなポップ。明快なメロディーと管弦による華やかなアレンジが作品を親しみやすくしている。同郷のThe Tough Allianceを含む幅広いサンプリングが組み込まれたサウンドには手作り感があり、ややがちゃがちゃしたところがあるが、それも楽曲のポップさの前では愛嬌として映る。ウィットに富んだ歌詞も含め、楽しく魅力的な作品だ。
Justice / † (Cross) (Ed Banger)
フランスのデュオによるデビュー作。同郷のDaft Punkに通じる音楽性だが、本人たちが公言している通り、ヘビーメタルの影響がある。それは主にシンセの歪んだ音色とドラマティックな楽曲に表れている(彼らは本作における自身のスタイルを「オペラ・ディスコ」と呼んでいるようだ)。#2「Let There Be Light」がいい例だが、前半のノイジーで圧迫的な展開の後には美しくユーフォリックな瞬間が待っている。アルバム全編でこのような緩急の効いた構成が維持されており、派手なサウンドながら聴かせる作品となっている。
LCD Soundsystem / Sound of Silver (EMI / DFA)
DFAの共同創設者であるJames Murphyを中心とするバンドの2nd。ザラついた質感の音色と引き締まったアンサンブルが魅力のダンスパンク。ボーカルはエモーショナルだがバンドの演奏はミニマルでクールであり、低温のグルーヴでじわじわと場を盛り上げていく。その生々しさと渋さの同居したスタイルはシカゴハウスを筆頭とするダンスミュージックに直接繋がるものだ。全体的にはストイックとも言えるほどに洗練されており、こだわりの音色選びと併せて、重度の音楽オタクであるMurphyのセンスが遺憾なく発揮されている。
M.I.A. / Kala (XL)
ロンドンで生まれスリランカで育ったアーティストの2ndで、ビザが取得できなかったためにインドやジャマイカなど様々な場所で録音されている。SwitchをメインにDiploやTimbalandなどのプロデューサーと共に製作された極彩色のポップ(としか形容できない)。リオデジャネイロのバイレファンキを筆頭に南アジアやアフリカの民族音楽など多様なスタイルを取り込んだ音楽からはそれまでのポップスの流れから逸脱したミュータントのような印象を受ける。ダイナミックなリズムに乗せて、ボリウッド映画からも拝借したという破天荒なサンプルが連発される様子は騒々しいがエネルギッシュで非常に刺激的だ。歌詞は攻撃的なサウンドと同調するように政治的な領域にも果敢に踏み込んでいく(彼女が幅広い層から評価されている理由の一つだろう)。サウンドの新規性ではDizzee Rascalに並び、歌詞の力強さではPublic Enemyに匹敵する、00年代でも屈指の強力な作品だ。
Of Montreal / Hissing Fauna, Are You the Destroyer? (Polyvinyl)
Kevin Barnesを中心とするアメリカのバンドの8作目。シンセポップのサウンドとグラムロックのパフォーマンスを組み合わせた、サイケデリックなポップ。60年代のポップスから影響を受けた楽曲はひたすらにキャッチーで馴染みやすいが、妻との不仲や鬱病が影響したのか、音楽のそこここに躁的な部分がある。目まぐるしく移り変わるメロディーややたらと高いボーカルのテンションなど、全体にやや過剰なところが本作の持ち味だ。Sufjan Stevens『The Age of Adz』なども連想する、高密度にこんがらがったポップ作品。
Pantha Du Prince / This Bliss (Dial)
ドイツのプロデューサーの2nd。チャイムやマリンバを主体とした点描的なサウンドが特徴のユーフォリックなテクノ。点描的とはサウンドに持続的な部分(サステイン)が少ないということで、例としては雨の音なんかがわかりやすい。様々な定位で丸い音の粒が身体にぶつかってくる体験(アルバムのオープニングとなる「Asha」がいい例だ)はちょっとしたマッサージのような趣がある。一定のリズムはあるがどちらかと言えばクラブよりもホームリスニング向け。音楽的にも、そして物理的?にも気持ちいい稀有な作品だ。
Radiohead / In Rainbows (Self-Released / XL)
イギリスのバンドの7作目。前作でEMIとの契約が切れたバンドが休暇を挟んでじっくりと作り上げたアルバムはかつてなく親密でパーソナルなものとなった。ストレートに抒情的な瞬間が多くあるのが特徴だ。のびのびと実験できた…かどうかはわからないが、作品は繊細に作り込まれており、他に似たもののない奇妙な聴き心地がある。サウンドは良くも悪くもデフォルメされたところがないため掴みにくいが、聴くたびに発見があり、またコアとなるソングライティングには普遍的な良さがある。不思議な美しさのある作品。
Ricardo Villalobos / Fabric 36 (Fabric)
チリ人DJ/プロデューサーが自身の新曲のみで構成したDJミックス作品。実質的なオリジナルアルバムであり、有名なシリーズを隠れ蓑にする(もしくはフリーライドだ)手法は賛否を呼んだが、こんな暴挙が許されるのも彼が築いた「変人」のレッテルのおかげか。内容はエクスペリメンタルでパーカッシブなミニマルハウス。細かなリズムが聴き手を捕えて離さない序盤は文句なくすばらしいが、もはや意味不明な領域にまで突入する中盤(特に12分に及ぶ「Andruic & Japan」)は人を選ぶだろう。しかしそれを乗り越えれば朧気ながらメロディーが浮かんでくる。ハイライトは終盤の「Primer Encuentro Latino-Americano」で、聴き手はサッカースタジアムの熱狂に包まれ、わけが分からないながらもハイにさせられてしまう。全体としてグルーヴは最高級ながら、やはりどこまでも奇妙な印象の作品である。だが本作が未踏の地を開拓していることは事実。好奇心に溢れる聴き手なら問題なく楽しめるだろう。
Spoon / Ga Ga Ga Ga Ga (Merge)
アメリカのバンドの6作目。オーセンティックな楽曲とモダンで実験的なプロダクションが互いを高めあうクールなロック。ヴィンテージで生々しい録音をベースに、時おり明らかに加工された音が紛れるサウンドには“異物感”があり、聴き手に強い印象を残す。#3「You Got Yr. Cherry Bomb」のやたら深いリバーブのかけられたベルや#4「Don't You Evah」の奇妙すぎる鳴りのクラップが良い例だ。しかしながら本作の一番の魅力は充実した楽曲であり、#7「The Underdog」から終わりまでの流れは文字通り完璧である。
Thomas Fehlmann / Honigpumpe (Kompakt)
ドイツを拠点とし、Palais SchaumburgやThe Orbの一員としても活動していたアーティストのKompaktからの二作目。Joseph Beuysという芸術家へのオマージュ作品で、どこかユーフォリックな響きのあるテックハウス~ダブテクノ。ダブテクノと聞くと単調そう・敷居が高そうと思われるかもしれないが、ここで展開されるものは非常にカラフルで情感豊かなものだ。全編が豊かなサウンドであふれており、また聴き手の注意を引き続ける構成の妙もある。ベテランのバランス感覚と引き出しの多さに驚嘆させられる充実作。
The Tough Alliance / A New Chance (Sincerely Yours)
スウェーデンのデュオが2006年に立ち上げた自身のレーベルからリリースした3作目(最終作)。底抜けに明るくエネルギッシュなエレポップ。サウンドはややチープで人工感があるものの、照れや衒いのようなものが微塵もなく、突き抜けた勢いと多幸感がある(「バレアリック」と形容されるのも頷ける)。音がやや高音域に寄りすぎていること、それゆえにメインとなるボーカルのメロディーがサウンド的に埋もれていることが難点だが、それらを補って余りあるほどに楽曲が充実している。正直、音数の多さに胸やけしそうになることもあるが、たまには元気いっぱいな音の運動に身を任せるのも良い。全8曲32分というコンパクトさも曲の濃密さと合っている。彼らの運営するSincerely Yoursは小ぶりながらも00年代にしっかりとした潮流を作り上げた優良レーベルなので覚えておくといい。そしてチルウェイブ流行の実質的な前準備を果たしたのがこのレーベルだと思っているんですがどうでしょうか。
Various Artists / After Dark (Italians Do It Better)
アメリカのレーベルItalians Do It Betterの作品を紹介するコンピレーション。直球なレーベル名が示すようにイタロディスコから影響を受けたシンセポップ~ディスコが展開されている。レーベルの共同設立者でありChromaticsとGlass Candyの一員でもあるJohnny Jewelは、プロデューサーとして作品を耽美で退廃的な方向へ推し進めている。無邪気な楽しさは影を潜め、そのタイトルが象徴するようによりダークでセクシーな世界観が追究されている。ムーディーな真夜中のサウンドトラックに。
2008
Actress / Hazyville (Werk Discs)
レーベルWerk Discsの主催者であるアメリカのプロデューサーのデビュー作。ローファイな質感の、抽象的な電子音楽。強引にジャンルに括るのならばテクノになるだろうが、別段ダンスフロアを志向しているわけではない。彩度の低い、ダメージ加工の施されたサウンドと感情の起伏に乏しい、しかしよく練られた楽曲が特徴。なにを目指しているのかがわからないサウンドはやや不気味だが、音の機能性だけが取り出されているようでもあり、そういう意味でアンビエント的に聴くこともできる。影響元もいまいち判然としないサウンドにはノスタルジーがない。「ポスト〇〇」というメタ化を繰り返した果てにあるような音楽のようにも思える。非常にユニークな作品だが、この時代にこの感性というのは、少し早すぎたと言わざるを得ない。しかしこの音楽がしっかりとフィットするような時代がこの先来るのかというと少し疑問である。時代と隔絶したところで鳴らされるオーパーツ的な作品。
Beach House / Devotion (/Bella Union / Carpark)
アメリカはボルチモアを拠点とする二人組の2nd。雪原で鳴らされているかのようなぼやけた音像が特徴のドリームポップ。1stで見せたヴェルヴェッツ直系の甘く退廃的なソングライティングはここでより複雑にドラマティックに進化している。#7「Heart of Chambers」、#9「Astronaut」がその頂点だろう。アタックの丸いギターと柔らかなオルガンを中心とするサウンドには包容力があり、陶酔的な楽曲によくマッチしている。統一感のある完成された作品で、ドリームポップの新たなスタンダードとも呼べそうな出来だ。
The Caretaker / Persistent Repetition of Phrases (Install)
イギリスのアーティストのThe Caretaker名義での6作目。映画『シャイニング』に触発された、記憶とそれにまつわるムードを追究するプロジェクトは本作で新たな局面を迎えている。20世紀初頭の社交ダンスの音楽を加工する手法はそのままに、抽象的なノイズやドローンが支配的だった過去作と比較してメロディーの要素が大幅に増しているのだ。混濁した記憶の不穏さは常に付きまとうが、それでも親しみやすさは格段に向上している。アーティストが初めてポップの領域に進出した記念碑的な作品と言えるだろう。
Cut Copy / In Ghost Colours (Modular)
オーストラリアのバンドの2nd。カラフルなエレクトロとバンドサウンドを組み合わせた、爽やかなエレポップ。DFAのTim Goldsworthyがプロデュースするサウンドはベッドルームとダンスフロアのちょうど中間を捉えている。サウンドに統一感があり全体の流れも良いため、逆に個々の楽曲が印象に残らないという事態に。毒が、歪さが足りないとも感じるが、それは間口の広さとトレードオフの部分もあるだろう。フレンドリーで完成された作品だ。コーラスが印象的なアンセム#7「So Haunted」を目印に聴き進めるといい。
Deerhunter / Microcastle (Kranky / 4AD)
アトランタのバンドの3rd。前作『Cryptograms』の後半で提示されたサイケデリックポップをベースに、より幽玄に、よりポップになっている。中盤4曲のゴーストリーな音響は今聴いても新鮮だ。それまでよりもエフェクトの使用が抑えられた結果、楽曲の骨格がくっきりとし、バンドの作曲能力の高さが素直に伝わることとなった。アルバムの構成はYo La Tengo『And Then~』に酷似している。作中唯一のフリークアウトである「Nothing Ever Happened」はまるでSonic Youthがクラウトロックをやっているかのようだ。
DJ /rupture / Uproot (theAgriculture)
ニューヨークを拠点とするDJ/プロデューサーのDJミックス作品。ダブステップとアンビエント、ラガあるいはダンスホールレゲエを混ぜ合わせた本作は奇妙でユニークなムードを身に纏っている。テンポは比較的ゆっくり目でビートもそれほど強くなく、聴き手を踊らせることよりは独特な雰囲気の追究が主眼に置かれているようだ。#5「Winter Buds」、#12「Plays John Cassavettes pt. 2」といったアンビエントなトラックがミックスのハイライトを成しているのも珍しい。楽曲の繋ぎは非常に滑らかで、上述のアンビエントなトラックへ移り変わるシーケンスはゆっくりと空間が歪んでいくかのような感覚を抱かせる。派手さはないが常にミステリアスでい続ける高品質なミックス作品。民族音楽とダンスミュージック、そして現代的なアンビエントを繋ぎ合わせた作風は唯一無二であり、非常に興味深い。本作を含むアーティストのミックス作品は本人のブログからダウンロードできる。
Fleet Foxes / Fleet Foxes (Sub Pop)
Robin Pecknoldを中心とするアメリカのバンドのデビュー作。My Morning Jacketに通じる広がりを感じさせる音響と深い響きのボーカルが特徴の牧歌的なロック。牧歌的だが泥臭さを感じないのはボーカルハーモニーの神秘的な美しさのせいか。アパラチアン・フォークやクラシックロックの影響を受けた楽曲はポップでありながらも雄大で、どこまでも響くボーカルと相性が良い。メロディーにはまるで長年歌い継がれてきたかのようなタイムレスな魅力がある。フォークの繊細な美しさとロックの勇壮さを矛盾なく両立させた名作。
Flying Lotus / Los Angeles (Warp)
レーベルBrainfeederの創設者でもあるアメリカのプロデューサーの2nd。J Dillaの生々しく揺れるビートを下敷きに、スペーシーでサイケデリックなサウンドを散りばめたエレクトロニカ~ヒップホップ。ゲーム音楽に影響を受けたキャッチーな音色・フレーズが飛び出すこともあるが、様々な要素がドロドロに溶けあったサウンドは基本的にはアブストラクトで、底なしにディープだ。しかしながら全体としては非常にメロディアスであり、親密さといまだ解き明かせない複雑さの同居した本作はまさしくクラシックと言えるだろう。
Fucked Up / The Chemistry Of Common Life (Matador)
カナダのバンドの2nd。過剰すぎるサウンドが特徴の、衝撃的で熱狂的なハードコア・パンク。ハードコアと聞くと鋭く引き締まったサウンド・演奏を想像するが、今作では速さや攻撃性を残しつつ、シューゲイザーのような分厚いサウンドが追究されている。その方向性の頂点となる#6「No Epiphany」ではMy Bloody Valentineもかくやという宇宙的な轟音を響かせる。楽曲は意外にもキャッチーなフックで満ちており、いくつかの楽曲はアンセミックとも呼べそうなほどだ。エネルギーと創造性に溢れた、共同体のためのロック。
Gang Gang Dance / Saint Dymphna (The Social Registry)
ニューヨークを拠点とするバンドの4作目。様々なジャンルを取り込み煮詰めたエクスペリメンタルなロック。闇鍋的とも言うべきスタイルはサウンドのみならず楽曲構造にまで及んでいる。しかし聴きにくいかというとそんなことはなく、4分前後に統一された尺と、いままでになく明確なメロディーとリズムがある程度の親しみやすさを醸している。作品に通底するのは民族音楽に通じるメロディーセンスとサイケデリックな感覚で、聴き手はアルバムを通してアジア周辺と宇宙を巡る壮大なトリップを体験することになる。
Grouper / Dragging A Dead Deer Up A Hill (Type)
アメリカのアーティストの5作目。空間系のエフェクトを重ねることで靄のようなアンビエンスを備えたアシッドフォーク。この世のものとは思えないような幽玄な響きが、素朴な楽曲に底知れなさと妖しさ、そして神秘性を加えている。アルバムには背筋が凍るような瞬間も、暖かく包み込まれるような瞬間もあるが、儚げな美しさだけは作品のどこを切り取っても変わらない。演奏と歌がどろどろに混ざり合ったかのような#10「Wind and Snow」~#11「Tidal Wave」のサウンドの美しさは筆舌に尽くしがたい。
Hercules and Love Affair / Hercules and Love Affair (DFA / EMI)
Andrew Butlerのプロジェクトかつ彼を中心とするバンドのデビュー作。カラフルで洗練された高品質なハウス~ディスコ。ButlerとDFAの経験豊かなTim Goldsworthyがプロデュースするサウンドはフィジカルな快感と緻密さ・奥深さが両立しており、クラブでのプレイはもちろん集中したリスニングにも耐えうる強度がある。享楽的な空気よりはHot ChipやJunior Boysに通じるミニマル&クールな雰囲気が優勢だろうか。Anohni(Antony Hegarty)をはじめとした的確な客演もすばらしい。ゴージャスでセクシーなアルバム。
Kanye West / 808s & Heartbreak (Roc-A-Fella)
アメリカのアーティストの4作目。母親の死と婚約者との別れから影響を受けたセンチメンタルなヒップホップ~R&B。アルバムタイトルにも使われたリズムマシンTR-808を中心に据えたクールでミニマルなサウンドにオートチューンを施したボーカルが乗る。ラップもサンプリングもメインとしては出てこない、ヒップホップで名を挙げたアーティストにとっては挑戦的な内容である。過去作と比べれば歪で地味な作品だが、そのパーソナルで内省的なスタイルは以降の音楽シーンを静かに、しかし決定的に変えてしまう。
Lone / Lemurian (Dealmaker)
イギリスのプロデューサーの2nd。崩壊しかけのブレイクビーツに蜃気楼のようにぼやけた電子音が乗る。彼にとってのヒーローであるBoards of Canadaからの影響が色濃い作品で、その音楽性は率直に言えば「Dayvan Cowboy」で見せた明るく爽やかな方向性を推し進め、よりコンパクトなポップスへと昇華させたもの。サウンドは太陽の光を反射する波のように、常に揺らめきながら七色に輝いている。ノスタルジーもあるが、それよりは素直な音の快楽性が勝っている。メロディアスで親しみやすい夏のサウンドトラック。
Move D & Benjamin Brunn / Songs from the Beehive (Smallville)
ドイツのプロデューサー二人のタッグによる2作目。ダブテクノとアンビエントの中間を突くディープなハウス。Resident Advisorが「Arthropod-house(節足動物ハウス)」と形容したのも頷ける、まるで生きているかのように緩く変化し続けるトラックが特徴で、それは本作が即興演奏をベースにしていることに由来している。ライブ的な有機性と偶発性に満ちたプレイは聴き手の注意を引き続け、やがてどことも知れないディープな領域へと導いていく。豊かな経験が生んだ、ユニークな体験型音楽の傑作。
No Age / Nouns (Sub Pop)
アメリカのギターとドラムのデュオの2nd。Lightning Boltのような編成で、ローファイで迫力のある録音と勢いのある演奏と、音楽性にも似たところがあるが、こちらはより単純明快なパンクを展開している。それもとびきりにポップで洗練されたパンクだ。ボーカルすらも不明瞭な混濁した、暴力的な録音にはじめは面食らうかもしれないが、このサウンドが楽曲に最高にマッチしているのだから仕方ない。CD版には50ページを超えるフルカラーのブックレットも付いており、それも含めて00年代最高のプロダクトの一つとなっている。
Ponytail / Ice Cream Spiritual (We Are Free)
アメリカのバンドの2nd。高速で暴れまわるバンドサウンドが気持ちいいエクストリームなロック。もともとのテンポが速いのに加えて16分32分が普通に出てくるため演奏は半ば痙攣のようになっているのだが、それがまた良いんですよね(個人的なフェチ)。バンドが汗水流している横でボーカルはLife Without Buildingsのように自由なパフォーマンスを披露している。楽曲はエモが溢れたマスロックのような感じで、例えばINUのような、高速でギターがジャカジャカ鳴らされる音楽が好きな人であれば問題なく楽しめるだろう。
Portishead / Third (Island)
イギリスのバンドの11年ぶり3作目。ダークな雰囲気のエクスペリメンタルなロック。不協和音、非同期なリズム、ぶつ切りにされたサンプリング、耳障りなエレクトロニクスなど、乱雑で攻撃的な音楽性を持つ。それは聴き手に寄り添った、整った音楽に触れてきた耳に強烈な傷跡を残すことだろう。楽曲の中心には変わらぬBeth Gibbonsの幽玄な歌唱があり、作品をポップの領域に繋ぎとめている。ポップと前衛の鮮やかな衝突が記録されたアルバムは、90年代におけるScott Walker『Tilt』のような独自の立ち位置を築いている。
Theo Parrish / Sound Sculptures Volume 1 (Sound Signature)
デトロイトを拠点として活動するDJ/プロデューサーの3rdで、CD版は前年にアナログ3枚組でリリースされたものの拡張版と言える。ラフな質感のシカゴハウスをベースにジャズやソウル、ファンクやヒップホップなどを吞み込んだもの。しかしアブストラクトなところがあり、特定のスタイルだけがはっきりと浮き出ることはない。音の密度が特別高いわけでもない。ダンスミュージックではあると思うが、強力なビートがあるわけでもなく、またはっきりとした展開も少ないため場を盛り上げられるかはわからない…。 / 作品の核心であり全体に共通するのは真夜中の大人っぽい雰囲気と粘っこいグルーヴだ。これらの要素が響かなければ、この作品は意味深ながらもよくわからない音楽として一蹴されてしまうだろう。逆にそれらを楽しめるのならば、本作はD’Angelo『Voodoo』のような特別な作品となるに違いない。…などと知ったようなことを述べてきたが、よくわからないままBGMとしてライトに楽しむのも全然アリだと思っています。部屋を暗くしたりお酒を入れてみたり、シチュエーションを整えて楽しみましょう。
Times New Viking / Rip It Off (Matador)
アメリカのバンドの3rd。Lightning Boltばりの騒音が特徴のノイズポップ。“ローファイの美学”と呼ぶには乱雑すぎるサウンドで、普通に聴くとうるさすぎるのでボリュームを下げて聴くことになる(野外ライブをずっと遠くから聴いているような感じになる)。楽曲はほとんどが1~2分だが、Guided By Voices『Bee Thousand』収録曲のようにポップの核心を突いている…つまりめちゃくちゃ良いということだが、ずっと聴いているとこの嫌がらせとしか思えないような音響がバンドの本質のように思えてくるから不思議だ。
Vampire Weekend / Vampire Weekend (XL)
ニューヨークのバンドのデビュー作。アフロポップとチェンバーポップの明るく楽しいハイブリッド。華やかな管弦にキュートな音色のシンセを組み合わせたサウンドは軽やかでファニー。バンドの演奏は小気味よく、フィジカルな快感にあふれている。楽曲からはクラシック音楽の素養とワールドミュージックへの憧れ、インディーロックへの愛情が同時に感じられるが、そのような音楽は世界中を見渡しても稀だろう。Paul Simonの『Graceland』が引き合いに出されるのも頷ける、折衷的でとにかく楽しい作品だ。
Zomby / Where Were U In '92? (Werk Discs)
イギリスのプロデューサーのデビュー作。サイケデリックなボイスサンプル・けたたましいクラクションが入り乱れる、ダークで猥雑なジャングル~ダブステップ。タイトルが象徴するように90年代のレイヴをテーマに据えた作品(不便を承知で当時の機材を使うほどのこだわりようだ)で、往年のUKアンダーグラウンドの音楽やムード、そしてむせ返るような熱気を現代に蘇らせている。曲間のギャップを省いた構成はラフな印象ながらも強い勢いを生んでいる。その時代への憧れがダイレクトに伝わるエネルギーに満ちた作品。
2009
Animal Collective / Merriweather Post Pavilion (Domino)
アメリカのバンドの8作目。妖精のような音楽を奏でていたバンドは2005年の『Feels』から次第にその音楽を「型枠」に嵌めるようになったが、その型枠を作る技術も作を追うごとに向上し、そしてひとつの頂点に達したのが本作だ。つまりソングライティングやアレンジといった要素が過去最高の充実を見せており、それはDirty ProjectorsやGrizzly Bearの同年作——00年代の最高峰の作品群と(方向性は違えど)同じ高みにある。しかし本作のユニークな点はその芸術性の高さではなく、よりマスに訴えるアンセミックな側面をも兼ね備えている点だ。「Daily Routine」や「Lion in a Coma」のような実験的で入り組んだ(しかしエモーショナルな)楽曲から「Summertime Clothes」や「Bluish」という特大射程のポップソングまでを擁するアルバムはベッドルームからスタジアムまで幅広い場所・状況で親しまれることだろう。エレクトリックでダビーなサウンドの過剰さは相変わらずだが、それも楽曲のエモさを増すように整理・方向付けされている。…すごく褒めてますが、実際、少年時代のキラキラとした憧憬をここまで見事に昇華させた音楽は他にないと思うのだ。他メディアの評判は無視して、一度フラットな状態で聴いてみることを勧めます。
Atlas Sound / Logos (4AD / Kranky)
アメリカのバンドDeerhunterのフロントマンのソロ2nd。バンドのゴーストリーな音響はそのままに親密さを増したベッドルームポップ。ヴェルヴェッツに通じるセンスでギターをベースに作られた楽曲はシンプルで即効性がある。アルバムにはAnimal CollectiveのPanda Bear、SteleolabのLaetitia Sadierという、センスを共有するゲストが参加し、それぞれの参加曲は作品のハイライトを成している。伝統的で非常に「わかりやすい」楽曲が、それでも飽きずに何度も楽しめるのは音響やプロダクションが優れているからだろう。
Bibio / Ambivalence Avenue (Warp)
イギリスのアーティストの4作目で、Warpからのデビュー作。それまでの作品のトレードマークであった、Boards of Canada(特に3rd)の影響色濃いサイケデリックで儚げな、ひび割れたギターサウンドはそのままに、Flying LotusやPrefuse 73に通じるインスト・ヒップホップのビートを導入した意欲作。フォークのノスタルジックで長閑な空気とヒップホップの都会的な空気が混在した楽曲には不思議な味わいがある。バレアリックな感性が滲むタイトルトラックも心地いい。ジャケットのイメージ通りの爽やかな作品。
Bill Callahan / Sometimes I Wish We Were An Eagle (Drag City)
アメリカのSSWの、本人名義での二作目。暖かく穏やかなフォークロック。本作の特徴はアルバム全体を覆う、柔らかいホーン・ストリングスのアレンジで、作品にこれまでにない親密さを加えている。Smog名義の作品と同様、時おりダークな曲が顔を出すのだが、今回は優し気なサウンドがその暗さを中和しており、よりアルバム単位で聴き通しやすくなっている。#4「Rococo Zephyr」から始まる中盤の穏やかな流れも良いし、“It's time to put God away”と10分近くも歌い続ける最終曲「Faith/Void」の壮大さもすばらしい。
Dam-Funk / Toeachizown (Stones Throw)
アメリカのアーティストのデビュー作。ビンテージなサウンドが煌めく、巨大なマシンファンクのコレクション(元は5LPのシリーズもので、CD版は少し曲が省かれている)。様々なスタイルの楽曲に共通するのは宇宙的な響きのコードであり、本作を聴いているとこれこそがGeorge ClintonにPrince、Dr. DreからFrankie Knucklesまでを繋ぐ核心なのだと感じる。デビュー作ながら終着点・集大成のようなイメージがあるのはSteven JulienやJay Danielといった新世代が本作を超えるサウンドをいまだ提示できていないからか。
Dirty Projectors / Bitte Orca (Domino)
アメリカのバンドの5th。エクスペリメンタルながら軽やかでもある奇妙なロック。優男風(?)のボーカルに華やかな女声のコーラス、高らかに掻き鳴らされるギターと、聴き当たりは爽やかなのだが、楽曲やアレンジは他に類を見ないほどに複雑だ。だからといって初見で楽しめないのかと言うとそうではなく、楽曲には複雑さと同等のダイナミズムが組み込まれている。緻密に作り込まれつつも外部に開かれているという理想的なバランスを保持した作品は、何度聴いても新鮮な驚きを聴き手に与えてくれる。
DJ Sprinkles / Midtown 120 Blues (Mule Musiq)
90年代からコンセプチュアルな作品を発表し続けていたアーティストのDJ Sprinkles名義での1st。緻密にレイヤーの重ねられた、繊細で包容力のあるディープハウス。慈愛に満ちた音楽には英語の語りという形で直接的にメッセージが込められている。それは音楽の印象を変えてしまうほどに強力なものだ(フィジカルに封入されたポスターやComatonse Recordingsの作品紹介・通販ページにて日本語に訳されたものを確認できる)。何も考えずに柔らかなサウンドに癒されるのも良い(まさしくハウスミュージックの主たる効能の一つだろう)が、一度はアーティストの愛と厳しさに満ちたメッセージに目を通すべきだ。最後にそこから個人的に最も印象に残った部分を引用する。「あなたが一時的に逃れようとした物がなにか忘れないで。結局、ハウス・シーンができたのも、ここにあなたがきたのも、逃れたい何かがさせたことだから。」
Comatonse Recordings - Shop - DJ Sprinkles 'Midtown 120 Blues'
Drake / So Far Gone (October's Very Own)
カナダのアーティストの3作目のミックステープ。Kanye West『808s & Heartbreak』の流れを継ぐ、内省的なサウンドのヒップホップ/R&B。もこもことしたキーボードによる篭った感じのアンビエンスが作品全体を包み込んでいる。粗暴で剣呑な雰囲気はなく、上品で繊細な空気感がある。ベッドルームに直接繋がる、アンビエントR&Bの先駆けとも取れるサウンドは従来のヒップホップのイメージから完全に脱却しており、文字通りヒップホップのリスナー以外にも広く訴求するだろう。シーンのその後を決定づけた一枚。
Fever Ray / Fever Ray (Rabid)
The Knifeのメンバーのソロデビュー作。ひんやりとした音の質感は本家譲りだが、楽曲には明確な違いがある。ひとつはメロディー主導で展開すること。中心となるボーカルと、それを伴奏として取り巻くエレクトロニクスという構図はSSW的と言ってもいい。もうひとつは聴き手を踊らせる意志がないことだ。多くの曲には明確なビートがなく、代わりに神秘的なコードがある。親密で浮遊感のあるサウンドはアンビエントやニューエイジに通じるものであり、The Knifeの攻撃的なサウンドが合わなかった人にも響くだろう。
Girls / Album (True Panther)
抽象的な名前が印象的な、アメリカの二人組バンドのデビュー作。(今って何年だっけ?)と思わず確認してしまうような、懐かしい空気のサウンドとソングライティングが特徴。Elvis Costelloや初期のThe Beach Boysを彷彿とさせるストレートなポップ/ロックだが、そこに懐古的なあざとさのようなものはない。決して洗練されているとは言えないボーカルが象徴的な、赤裸々で情熱的な音楽である。メンバーの出自にはセンセーショナルな物語があるが、それに頼る必要がないことはこの充実したアルバムが証明している。
Grizzly Bear / Veckatimest (Warp)
アメリカのバンドの3rd。『Friend EP』で見せたオーケストラにも匹敵する特大スケールのサウンドと、より緻密に構成されたドラマチックな楽曲を両立させた強力な作品。クラシックの影響やフォークなどのトラディショナルなルーツも感じるサウンドは、敢えて括るならばアートロックになるだろうか。独特の空気感の録音を含めどこか浮世離れした印象がある。本作のユニークな点はやはり、音楽のあらゆる要素を動員して生み出される“壮大さ”で、それは本作でポップミュージックの臨界点とも言うべき域に達している。
Leyland Kirby / Sadly, The Future Is No Longer What It Was
(History Always Favours The Winners)
イギリスのアーティストの本名名義での1st。ピアノを中心とした幽玄で抒情的なアンビエント。サンプリングを主体としていたThe Caretaker名義とは異なり、全編に渡って本人の演奏をフィーチャーしている。CD3枚組の巨大な作品だが、音楽性には統一感があり、特に抒情的なムードと広い空間を感じさせる音響は作品全体に共通する特徴と言える。時間的・空間的な広さを活かして一音一音をゆったりと響かせる演奏スタイルは、聴いているとまるで広大な宇宙をふわふわと漂っているかのような気分になる。各楽曲は平均10分を超える長大さだが、上述のスタイルも相まって音楽的な密度は高くない。それは劇的な展開を求める聴き手にとっては欠点だが、音や雰囲気への没入を望む聴き手には美点として映るだろう。2011年にはこの路線を昇華させた、よりまとまりのある美しい傑作をモノにするのだが、内面世界の自由な探求がもたらした今作の広大な音世界も充分に魅力的だ。しかし、あれほど不気味な音楽を作っていたアーティストがこれほどストレートに抒情的な作品を作るとは…。
Luciano / Tribute To The Sun (Cadenza)
ヨーロッパとチリを股に掛けるDJ/プロデューサーの2nd。Ricardo Villalobosに通じる細かなグルーヴのミニマルテクノをベースに民族音楽的なサウンドを加えたもの。女声のボイスサンプルが乱舞する躍動的で忙しない1曲目を乗り越えると、より軽やかでリラックスした、スピリチュアルな音世界が広がっている。穏やかなボーカルと小気味いいパーカッションに包まれるキックレスの#3「Sun, Day And Night」、ハンドパンとアルプホルンが舞い踊る#5「Hang For Bruno」など、牧歌的で開放感のあるトラックはひたすらに心地良く、流しているとだんだん風光明媚なリゾート地へと旅行に来たかのような気分になってくる。ミステリアスなインタールードの#8「Pierre For Anni」以降はそれまでとは一転して不穏でダークなトラックが並ぶ。アルバムというまとまりで捉えるとこの部分だけ浮いているように思えるが、全体としては「太陽への捧げもの」という意のタイトルにふさわしい、明るく爽やかな作品集となっている。
Motor City Drum Ensemble / Raw Cuts Vol.1 (Timothy Really)
ドイツのDJ/プロデューサーの、「Raw Cuts」と題された12インチシングル群をまとめ、さらに新曲とJayson Brothers名義の曲を加えたコンピレーション。昔のソウルやファンクのサンプリングをベースにした骨太なディスコ~ハウス。MoodymannやTheo Parrishに通じる音の生々しさがあるが、楽曲はそれらほどにはアブストラクトではなく、明快なメロディーとグルーヴがあり、素直に楽しむことができる。サンプリングが楽しい前半は明るくファンキーで、ディープなコードが支配する後半はより陶酔的だ。
Neon Indian / Psychic Chasms (Lefse)
Alan Palomoを中心とするアメリカのバンドのデビュー作。ローファイに加工されたサウンドが特徴の、サイケデリックなエレポップ。アルバム冒頭を飾る「Deadbeat Summer」や「Terminally Chill」で聴ける調子っぱずれなシンセはJerry Paperなんかを彷彿とさせる。サウンド全体を覆うダメージ加工はリバーブよりも強力に作用し、ドリーミーでノスタルジックな空気を醸している。今作で提示されたローファイな質感のシンセポップは「チルウェイブ」という名前でフォーマット化し、瞬く間に世界に広がっていくこととなる。
Oneohtrix Point Never / Rifts (No Fun Productions)
アメリカのアーティストの、1st~3rdを含む、キャリア初期の音源をまとめたコンピレーション。幻想的でイマジネイティブなアンビエント~ニューエイジ。ほぼシンセサイザーとアルペジエーターのみを用いて作られた音楽にはストイック…というか無垢な響きがある。というのも、特定のジャンルからの明確な影響が見当たらないのだ。00年代~80年代までをすっ飛ばして、心の赴くままに宇宙的・瞑想的な音の響きを追究していた70年代の電子音楽作品群(初期Popol VuhやTerry Rileyなど)と似たような音楽性を備えている。あるいはより率直にSF映画のサウンドトラック的と言ってもいい。シンプルで、浮遊感があり、聴き手の想像力を喚起する音楽だ。そして1作目『Betrayed in the Octagon』の2曲目「Behind the Bank」を聴けばわかるが、彼の抒情的なメロディーのセンスはこの時点で確立されている。様々な文脈がひしめく現代においてこのような純粋な音楽作品は貴重であり、ポップの記号の海に辟易した人に対しては一種の解毒剤のようにも機能するだろう。
Passion Pit / Manners (Frenchkiss)
アメリカのバンドのデビュー作。エモーショナルでエネルギッシュなエレポップ。高音のボーカルは生き生きとした感情の塊としての子どもを連想させる。楽曲は思わず一緒に歌いたくなってしまう魅力的なフックにあふれている。#2「Little Secrets」はイントロのシンセからコーラスにおける子どもの合唱まで、あらゆるフレーズがキャッチーな完璧な一曲だ。00年代にはエレクトロポップの傑作が数多く誕生したが、その中でも本作はアンセミックな側面が飛び抜けている。キラキラしたサウンドと内省的な歌詞のギャップも魅力だ。
Real Estate / Real Estate (Woodsist)
アメリカのバンドのデビュー作。日に焼けて色褪せたサウンドで奏でられる穏やかなギターポップ。リヴァーブのかけられた柔らかなギターを中心としたアンサンブルにはいつまでも聴いていたくなるような心地よさがある。作品の一番の魅力は楽曲とサウンドが総体となって醸し出すレイドバックした雰囲気だ。それが一番強まるのが#2「Pool Swimmers」~#3「Suburban Dogs」の流れで……通常は軽快で明るいリードトラックを配置するのがセオリーと思われるアルバムの重要な位置に、このバンドは夏休みのモラトリアムを完璧に表現したアンニュイな楽曲を配置しているのだ。自信がなければできない大胆な所業だが、その試みは成功し、バンドは独自の立ち位置を確立する。バンドの演奏にはまだ洗練の余地があるが、ことサウンドの空気感に限って言えば今作、そして上述の2曲がいまだにバンドのピークであるように思う。そのぬるま湯の桃源郷はひたすらに甘く、抜け出すことは困難だ。
Sunset Rubdown / Dragonslayer (Jagjaguwar)
Wolf ParadeやFrog Eyesなど多数のバンドで活発に活動していたSpencer Krugを中心とするバンドの4作目にして最終作。”竜殺し”なるタイトルが印象的な勇猛でドラマチックなロック。過剰に複雑で長大だった前作と比べてよりポップに洗練された楽曲が特徴だ。正直に言えば、Krugの独特な、ポストパンク直系の抑揚の少ないメロディーセンスが苦手だったのだが、そこも含め全体的にシェイプアップされている印象だ。溢れるイマジネーションとポップさが見事に拮抗した初めての作品はそのままバンドの最高傑作となった。
Various Artists / Dark Was The Night (4AD)
エイズ撲滅を目的とする非営利の国際機関Red Hot Organizationによるコンピレーション。プロデュースをThe NationalのDessner兄弟が務め、結果、00年代のUSインディー見本市とでも呼べるようなラインナップとなった。楽曲はどれも充実しており、それぞれのアーティストのオリジナルアルバムに収録されないことが惜しく感じられるほどだ。二枚のディスクのうち、一枚目(THIS DISC)はどちらかと言えばフォーク寄り、二枚目(THAT DISC)はポップ寄り。シーンの成熟をよく捉えた一級のドキュメントだ。
The XX / XX (Young Turks)
イギリスのバンドのデビュー作。ポストパンクのソリッドでミニマルなアンサンブルとドリームポップ~R&Bのスウィートな楽曲を組み合わせたクールでセクシーなポップ。Young Marble Giantsに通じる引き算の美学を感じさせるサウンドはシンプル故にキャッチーで、短時間で聴き手を魅了する。空間を贅沢に使ったプロダクションは親密で、真夜中のパーソナルな時間によく映える。デビュー作とは思えないほどに洗練された・抑制の効いた作品だ。派手さはないが、普段音楽を聴かない層にも響くポップさがあるように思う。