『ポップミュージックガイド 00年代スタンダード編』Web版 2000年~2004年の作品

 『ポップミュージックガイド 00年代スタンダード編』本文の前半部分です。すぐに始まります。

 

 

 本企画の概要については以下の記事を参照ください。

『ポップミュージックガイド 00年代スタンダード編』Web版 はじめに - ヨーグルトーン

 

 

目次

 

2000年

 

Aimee Mann / Bachelor No. 2 or, the Last Remains of the Dodo (SuperEgo, V2)

f:id:muimix:20210517074953j:plainアメリカのSSWの3rd。歌心のあるソングライティングが冴えわたる、ポップなバラード集。作曲はもちろん、Jon Brionを筆頭に多数のスタッフが関わったアレンジ/プロダクションも完璧だ。グランジ通過後の歪んだギターが主張するサウンドこそ大文字のロックだが、楽曲は哀愁のあるバラードで占められており、盛り上がりたい時というよりはパーソナルな時間によりフィットするだろう。90年代のオルタナティブ・ロックのバンドがBeck『Sea Change』を作ったら…という感じの作品である。憂いと皮肉、そして強い意志の込められたシリアスな作品はヒットを目指すレーベル(Interscope)から不興を買う。それを受けたMannはレーベルから作品の権利を買い戻し、自身のレーベルSuperEgoを立ち上げ、そこから本作をリリースする…のだが、これほど情熱的でドラマティックな楽曲群でも「売れない」と判断されることには興味深いものがある。

 

 

 

 

Ariel Pink's Haunted Graffiti / The Doldrums (Demonstration Bootleg)

f:id:muimix:20210517074841j:plainアメリカのアーティストの初期作品のひとつ。正直00年代のどの作品を選んでも良いのだが、作品の最初の音の衝撃から本作をチョイス。過度にローファイな音像はメジャーフィールドの整ったサウンドに慣れた聴き手には衝撃的だろう。ひとつひとつのフレーズはポップだが、楽曲全体で見ると分裂症的なツギハギ感がある。本作に見られるローファイな質感とノスタルジーの接続はチルウェイブからヴェイパーウェイブにまで繋がっているように思う。2004年にAnimal CollectiveのPaw Tracksからリイシューされる。

 

 

 

 

The Avalanches / Since I Left You (Sire / Modular)

f:id:muimix:20210517074935j:plainオーストラリアのグループのデビュー作。1000を超す膨大な数のサンプリングで作られた、ポップとダンスミュージックを巡る一大絵巻。小さなパーツを精緻に組み合わせて作られた作品は巨大なモザイク画のように、ミクロからマクロまで自由な距離感で楽しむことができる。表題曲のような陽の光がきらめく正真正銘のバンガーも良いが、「Tonight」や「Summer Crane」のような幽玄な雰囲気のトラックもすばらしい。忙しなさはあるが、多くの人はそれ以上の楽しさとエモーションを作品に見出すだろう。

 

 

 

 

Broadcast / The Noise Made by People (Warp)

f:id:muimix:20210517074844j:plainイギリスのバンドのデビュー作。バンドサウンドに古めかしい意匠のエレクトロニクスをまぶした、幻想的でノスタルジックなドリームポップ。あえてホコリを被せたままにした綺麗すぎないサウンドには人肌の温かみがあり、聴き手に郷愁を呼び起こす。楽曲はヴェルヴェッツに通じるシンプルでスウィートなもので、どこかアンニュイな響きのボーカルが歌いだすとリラックスしたStereolabのような風情も出てくる。過剰さのない丁寧なプロダクションで、強烈な引きはないものの末永く楽しむことができるだろう。

 

 

 

 

Califone / Sometimes Good Weather Follows Bad People (Glitterhouse )

f:id:muimix:20210517074848j:plainRed Red Meatを前身とするシカゴのバンドが1998~2000年にリリースしたEPをまとめた編集盤。サイケデリックで浮遊感のある……あえて呼ぶならば「音響フォーク」。ゴツゴツとした手触りすら感じられるほどの生々しいサウンドと、ダブ処理された浮遊感のあるサウンドが絶妙なバランスで組み合わされ、マジカルな音像を形作っている。楽曲は渋くボーカルも枯れた味わいで、落ち着いた時間によく似合う。特にデビューEPにあたるアルバム前半部分では00年代でも屈指のユニークなサウンドが展開されている。

 

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Common / Like Water for Chocolate (MCA)

f:id:muimix:20210517074851j:plainシカゴ出身のアーティストの4th。本人も属するSoulquariansの面々をフィーチャーし、トラックのほとんどをJay Dee(J Dilla)が手掛けている。The RootsのQuestloveが全体のプロデュースを務めた本作は時にはファンキーに、時にはジャジーに揺れつつ、総体としては非常にスムースにまとまっている。Soulquariansの関わった他作品と同様にアブストラクトな感覚やゆるいレイドバックもある。派手なポイントはないが類まれなバランス感覚による安定したトーンが作品をよりクールに見せている。

 

 

 

 

D’Angelo / Voodoo (Virgin)

f:id:muimix:20210517074855j:plainアメリカのアーティストの2nd。ヘビーさとスイートさを兼ね備えた極上のソウル・ファンク。一番の特徴は隙間の多く取られたアレンジと、「(テンポは維持しつつ)音符をわざと遅らせて演奏する」レイドバックしたプレイが組み合わさって生まれる強力なグルーヴで、これが比喩でなくいつまでも聴いていられるのだ。レイドバックという手法自体は昔から存在したが、そのポテンシャルをここまで引き出した音楽は今までになく、本作の登場が世界中の音楽ファンの耳を変えてしまった。ポップ・ミュージックの歴史に残る作品。

 

 

 

 

Daniel Bell / The Button Down Mind Of Daniel Bell (Tresor)

f:id:muimix:20210517074858j:plainデトロイトやベルリンを拠点とするDJ/プロデューサーのDJミックス作品。クールでファンキーなミニマルハウス。Ricardo VillalobosやHerbert、Farbenらをフィーチャーした本作は、クリックやミニマルというジャンルが一般に流行する前から——さらに言えば『Clicks & Cuts』が世に出る前からそのジャンルにフォーカスしていた作品として有名だが、未だに語り継がれているのは結局、本作の完成度がずば抜けていたからに他ならない。地味だがしっかりと聴き手をロックするグルーヴは日常の様々な場面にフィットするだろう。

 

 

 

 

GAS / Pop (Kompakt)

f:id:muimix:20210517074901j:plainドイツのアーティストの4th。ダブの影響色濃いアンビエントで、エフェクトの重ねられた濃密な音の靄の中でストリングスやベースのループ、風や水を想起させる具体音が重ねられる。こだわり抜かれた音響は(その名の通り、)まるで音が気体として実体を持ち自分を包み込んでいるかのようである。楽曲よりも音響に重点が置かれているという意味で「体験型」の音楽と呼べるかもしれない。過去作に比べてビートのある曲が減り、よりアンビエントに特化した内容になっている。2008年と2016年にBOXセットでリイシューされた。

 

 

 

 

Godspeed You! Black Emperor / Lift Your Skinny Fists like Antennas to Heaven (Kranky)

f:id:muimix:20210517074905j:plainカナダのグループの2nd。管弦も交えた大所帯で壮大なインストゥルメンタルをじっくりと聴かせる。ポップソングにあるようなキャッチーなリフなどは存在しないが、それでも興味深く聴き続けられるのは楽曲の構成や演出が巧みだからか。サウンド的に近いのは映画のサウンドトラック。頭に映像が浮かぶような情景描写的な演奏が多いのにも関わらず、音に合わせた具体的な映像が存在しないのが本作のいいところで、聴き手は本作を再生するたびに新たな映像的な想像を膨らませることができる。

 

 

 

 

I-f / Mixed Up In The Hague Vol. 1 (Panama)

f:id:muimix:20210517074908j:plainオランダのDJ/プロデューサーのDJミックス作品。イタロ・ディスコと呼ばれる、イタリア産のエレクトロ・ディスコを広く世界に紹介した作品として知られる。ボコーダーで加工されたボーカルが飛び交う音楽にはB級のSF映画のような雰囲気がある。ジャンルの最盛期が80年代なので、その頃の音楽を参照した作品…例えばDaft Punk『Discovery』などと似たような感じで楽しむことができる。サウンドには統一感があり繋ぎも滑らかで、ミックス作品としては非の打ちどころがない。ジャンルの入門としても機能する優れた作品。

 

 

 

 

Luomo / Vocalcity (Force Tracks)

f:id:muimix:20210517074911j:plainフィンランドのSasu Ripatti(a.k.a. Vladislav Delay)の、主にボーカルハウスをリリースしている名義での1st。グリッチを通過したミクロな音遣いと、ダブテクノの音響とサイケデリックな感覚を混ぜ合わせ、ハウスミュージックとして昇華させたもの。グリッチの流行で忘れ去られたファンクネスやソウルフルネスといった“熱”を、グリッチの手法を活かしつつ取り戻した超越的な作品。あまりに緻密に、複雑に作り込まれているためサウンドの全貌が掴めず、何度聴いてもミステリアスな印象のままなのだ。こんな作品は他にない。

 

 

 

 

Modest Mouse / The Moon & Antarctica (EPIC)

f:id:muimix:20210517074916j:plainアメリカのバンドの三作目であり、初のメジャーレーベルからのリリース。混沌と平穏を行き来するスケールの大きなロック。プロデューサーのBrian Deck(元Red Red Meat)はアルバムにThe Beta Bandのような宇宙的でサイケデリックな味わいを加えている。これまでの作品と比べると少々風通しが悪く内省的(アルバム中盤で顕著である)だが、サウンドの聴きどころや曲順などが練られており、アルバムとしてよりまとまりのあるものとなっている。冒頭数曲の流れの良さは誰もが認めるところだろう。

 

 

 

 

The New Pornographers / Mass Romantic (Mint)

f:id:muimix:20210517074937j:plainNeko CaseやDestroyerなど他プロジェクトでも活動するメンバーが揃ったカナダのグループのデビュー作。突き抜けたキャッチーさを備えた、お手本のようなパワーポップ。いかがわしいグループ名とは裏腹に音楽性は非常に爽やかで、高音の透き通ったボーカルとクリーンなプロダクションがそれに拍車をかけている。一度聴いてしまえば各パートのリフやボーカルのメロディーが頭にこびりつき、それらは曲の再生が終わった後も脳内を駆け巡ることだろう。ネームバリューをものともしないインディーロックの金字塔。

 

 

 

 

Pinetop Seven / Bringing Home The Last Great Strike (Truckstop)

f:id:muimix:20210517074920j:plainDarren Richardを中心とするシカゴのグループの3作目。中南米や東欧の伝統音楽を消化したオルタナティブなカントリー。室内楽的な編成やビブラートを効かせて深く歌声を響かせるボーカルスタイルなど、Father John Mistyに通じる部分が多々あるが、雰囲気は真逆。暗く、寂れて、疲れ切った風情で……そのような気持ちのときに聴くとじんわりと癒される。ビターな西部劇のようでもあり、アメリカのリスナーはまた複雑な感慨を抱くのかもしれない。折衷性と完成度の両立した滋味深い逸品。

 

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Queens of the Stone Age / Rated R (Interscope)

f:id:muimix:20210517074922j:plainKyussの元メンバーらによって結成されたカリフォルニアのバンドの2nd。分厚い轟音を身にまとい重心低く突き進むストーナーロック。薬物の名前を連呼する1曲目「Feel Good Hit of the Summer」に続き、多くの曲で薬物・アルコールについて歌われているが、バンドの生み出すグルーヴにも酩酊するような感覚がある。ボーカルのメロディーやパフォーマンスはメランコリックで蠱惑的なもので、好みの別れるところではあるがバンドをよりセクシーに見せている。ハードだが、基本的にはメロディアスで親しみやすい作品だ。

 

 

 

 

Radiohead / Kid A (Capitol)

f:id:muimix:20210517074925j:plainイギリスのバンドの4th。Warp Recordsの諸作を筆頭に様々な音楽を消化した結果、誰も聴いたことがないような音楽を作り上げた。本作を特定のジャンルに括ることは難しい。どの曲も実験性に満ちているが驚くべきことにアルバムの流れは良好で、中盤のアンビエントトラック(「Treefingers」)以降はまるで脈絡のない夢かゲームのバグ面かのような未知の領域へノンストップで突き進んでいく。やがて穏やかな終曲に至ったときのカタルシスは筆舌に尽くしがたい。ロックというジャンルのその後の流れを変えた重要作。

 

 

 

 

Ryan Adams / Heartbreaker (Bloodshot)

f:id:muimix:20210517074929j:plainWhiskeytownというバンドの元フロントマンのソロデビュー作。痛いほどに生々しいオルタナティブ・カントリー。声が掠れるのもいとわない情熱的なボーカルのパフォーマンスが感情の迸りをダイレクトに伝える。アップテンポでロックな楽曲で幕を開けるが、楽曲の多くは哀愁のあふれるフォーク/カントリーであり、それらこそが本作の真骨頂だ。ハイライトの一つである#8「Come Pick Me Up」ではほとんど泣き声のように聴こえるハーモニカが聴き手の涙腺を刺激する。ワイルドかつセンチメンタルな名盤。

 

 

 

 

The Sea And Cake / Oui (Thrill Jockey)

f:id:muimix:20210517074942j:plainシカゴを拠点とするバンドの5th。風通しの良いギターと正確に・軽快に跳ねるドラムを中心とした爽やかなロック。オープニングを飾る「Afternoon Speaker」の軽やかさに魅了されない人がいるだろうか? 時おり顔を出す室内楽的なアレンジやささやかなエレクトロニクスも、アルバムの良く晴れた休日のようなムードの醸成に最大限寄与している。緻密に作り込まれながらも風通しの良さを維持した懐の広い作品。最近パッとしないなと感じている人がもしいれば、きっと本作が新たな風を呼び込んでくれるだろう。

 

 

 

 

Sigur Rós / Ágætis byrjun (Smekkleysa)

f:id:muimix:20210517074932j:plainアイスランドのバンドの2nd。シューゲイザーを通過した持続的な音遣いや、ピアノと管弦による綺麗でふくよかなアレンジが耳を惹くシンフォニックなポストロック。ほとんどの曲が6分を超える長尺で、聴き手をじっくりと恍惚に導いていく。特に#7「Viðrar vel til loftárása」~#9「Ágætis byrjun」の流れは絶品だ。オリジナルの言語で歌われるボーカルも作品を神秘的なものにしている(純粋に音の響きを楽しんでもらおうという意図もあるのだろう)。Radiohead『Kid A』同様、ロックというジャンルのイメージの幅を広げた作品。

 

 

 

 

Vladislav Delay / Multila (Chain Reaction)

f:id:muimix:20210517074946j:plainChain Reactionから99年と00年にリリースされたEPをアルバムという形でまとめたもの。サイケデリックで出口の見えないダブテクノ。ダブのズブズブな音響の中で環境音やSE、ASMR的な物音が渦を巻く。抽象的で捉えどころのない作品だが、モクモクとしたミステリアスな音響自体が魅力的であり、なにも考えずに音に浸っているだけでも気持ちいい。このような濃密な音空間を作ってそこに様々なサンプリングを配置していくスタイルは遠くHuerco S.やその周辺にも波及している。

 

 

 

 

Yo La Tengo / And Then Nothing Turned Itself Inside-Out (Matador)

f:id:muimix:20210517074949j:plainアメリカのバンドの9作目。豊かな残響が生み出すやわらかなアンビエンスが特徴のインディーポップ。ほとんどの曲が聴き手を優しく包み込むような穏やかなフィーリングで満ちており、キャリアでも屈指の癒し系なアルバムである。唯一、#9「Cherry Chapstick」のみアップテンポなガレージロックを披露しているが、そこには聴き手をリフレッシュさせるという意図もあるのだろう。ドリームポップというジャンルの頂点の一つで、カドのとれた丸い音色とシンプルでスウィートな楽曲の相性は抜群だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年

 

Autechre / Confield (Warp)

f:id:muimix:20210517075230j:plainイギリスのデュオの6作目。Max/MSPという、様々なアートに使われている統合開発環境/プログラミング言語を用いて製作された実験的な電子音楽。音楽はプログラムされた規則に従いリアルタイムで変化していく。この先進的な製作手法を象徴するものとしてオープニングの「VI Scose Poise」の冒頭から聴ける、痙攣しているかのような異様に細かい音がある。これは4分、8分、16分…というふうに音符を極限まで細かく割ったものなのだろう(ルールに則っているからこそリズム的に自然に聴こえる)。プログラムの力を借りることで伸縮自在な、まるで生きているかのようなビートが生み出されているのだ。なにやら難しそうな印象を持つかもしれないが、しかしヒップホップをベースに持つフィジカルなビートとシンプルで抒情的なメロディというAutechreの核と言える要素は健在である(中盤はややエクスペリメンタルに寄るが)。先進的なアプローチによって、伝統的な手法で作られた、いわゆる“SSW的”な音楽とは異なる聴き心地を獲得した作品。“それまでに聴いたことがない”という意味で真に新しい音楽だ。難点があるとすれば、本作を聴くことでその他のたいていの電子音楽に驚けなくなることで、そういう意味で劇薬のような側面を持つアルバムである。

 

 

 

 

Björk / Vespertine (Elektra)

f:id:muimix:20210517075234j:plainアイスランドのアーティストの4th。キメの細かなエレクトロニクスと壮麗なストリングスが同居したアートポップ。MatmosやHerbertなど多くのアーティストがプログラミングとして参加し、グリッチの流行を通過したミクロなビートを提供している(#2「Cocoon」などで顕著である)。前作『Homogenic』にあった刺激的な革新性は影を潜め、密室的な音響と親密なムードが聴き手を柔らかく包み込む。独自の音世界が完璧に構築されているため、本作の聴取は自然とトリップ体験のようなものになってしまう。

 

 

 

 

Cannibal Ox / The Cold Vein (Definitive Jux)

f:id:muimix:20210517075237j:plainニューヨークのハーレム出身のデュオの1st。El-Pによるスペーシーなトラック・痙攣しているようなビートにハードコアなラップが乗る。残念ながらラップを楽しめるだけの耳も教養もないのだが、それでも楽しめるのは本作のトラックのレベルが異様に高いからで、“ドープ”という言葉は本作のために存在しているのではないかと思えるほどだ。特にアルバム終盤、「Painkillers」後半の催眠的なインストからヒロイックな「Pigeon」、そして終曲「Scream Phoenix」に繋がる流れは最高にかっこいい。

 

 

 

 

Daft Punk / Discovery (Virgin)

f:id:muimix:20210517075241j:plainフランスのデュオの2nd。ハウスをベースにディスコやR&Bを取り込んだノスタルジックなダンスミュージック。やや武骨な印象のあった前作に比べ歌やメロディーといった要素が比重を増し、よりキャッチーでフレンドリーになっている。ロボットをイメージさせる変調されたボーカルと、フィルターやコンプレッサーなどのエフェクトによる、うねるような音色変化を使ったドラマティックな楽曲展開が特徴。ユニークなサウンドもそうだが、なにより過去のスタイルをポジティブに捉える視点が後世に強く影響している。

 

 

 

 

Fennesz / Endless Summer (Mego)

f:id:muimix:20210517075245j:plainオーストリアのアーティストの3枚目のアルバム。ギターの演奏とグリッチの手法を組み合わせたアンビエント。メロディーもコードもノイズまみれ、かつクリックによる細かな穴だらけであり、そのことは一般的には良くないこととされているのだが、本作においては逆に儚い美しさを引き立てる機能を果たしている。タイトルは60年代の同名の、サーフィンを題材とした映画作品から取られており、全編に渡って感傷的なムードに満ちている。タイトルトラックにおける、ノイズがパッと晴れる映像的な演出は何度聴いても感動的だ。

 

 

 

 

Four Tet / Pause (Domino)

f:id:muimix:20210517075249j:plainバンドFridgeのフロントマンでもあるKieran Hebdenのソロ名義の2nd。エレクトリックな音とアコースティックな音をヒップホップ由来のビートの上で混ぜ合わせたサウンドで、“フォークトロニカ”というジャンルの代表作とされる。おもちゃ箱をひっくり返したようなごちゃごちゃした音像からは奔放さと自由さを感じる。ノスタルジックな空気やジャケットのイメージからは“チャイルディッシュなBoards of Canada”のようなイメージも。本作で提示された不思議な聴き心地のサウンドは20年経った今でも全く古びていない。

 

 

 

 

Fugazi / The Argument (Dischord)

f:id:muimix:20210517075252j:plainワシントンD.C.出身のバンドの6作目で、現時点での最終作。ポップに洗練されたハードコア。硬質なサウンド・運動神経の良いエモーショナルなパフォーマンスはそのままに、楽曲は今までにない充実を見せる。#2「Cashout」を筆頭にアルバムの前半はよりメロディアス&キャッチーで、ジャンルの入門としても機能しそうだ。中盤以降はテンポを落とし、じっくりとアンサンブルを展開させる。00年代のSonic Youthにも通じる音楽性で、聴くほどに味が増す。エモさと良く練られた「聴かせる」楽曲を両立させた堂々たる名盤。

 

 

 

 

Jan Jelinek / Loop-Finding-Jazz-Records (~SCAPE)

f:id:muimix:20210517075255j:plainドイツ出身のアーティストの2枚目のアルバム(本名名義では1枚目)。1960年代~70年代のジャズのレコードからサンプリングした音素材を中心に構成されたクリックハウス。由来がわからなくなるほどに細かく刻まれたサウンドは、ミクロで見れば生理的に気持ちいいASMRとなり、マクロで見れば情感豊かなハウスミュージックとなる。メドレー形式となっている「They, Them」~「Them, Their」の流れが本作のハイライトだろう。このジャンルのひとつの到達点となる芸術的な作品。

 

 

 

 

JAY-Z / The Blueprint (Def Jam / Roc-a-fella)

f:id:muimix:20210517075258j:plainアメリカのラッパーの6枚目のアルバム。ソウルフルなサンプリングを活かしたキャッチーなトラックが光るヒップホップ。著作権に関わる法的・金銭的な問題を回避するため、メジャーなフィールドで避けられていたサンプリングという手法を大々的に取り入れており、また今作のヒットがヒップホップのサウンドにサンプリング回帰の流れをもたらしたようだ。収録曲の多くを手掛けるKanye WestとJust Blazeは今作の成功をバネに活躍の幅を拡げていく。00年代のヒップホップシーンを捉える上で重要な作品。

 

 

 

 

Jim O'Rourke / I'm Happy and I'm Singing and a 1, 2, 3, 4 (Mego)

f:id:muimix:20210517075124j:plainJim O'Rourkeがウィーンの実験的なレーベルからリリースした作品。1997年~1999年にかけて行われた、ラップトップ(ノートパソコン)を用いたライブパフォーマンスを収録したもの。電子音をメインに様々なサンプリングを繋ぎ合わせたサウンド。作曲と即興の入り混じった楽曲は非常にのびやかかつ奔放で、特に軽やかさと劇的な展開を両立させた#2「And I'm Singing」は00年代でも屈指のポップさだ。音楽製作におけるパソコンの自由さと可能性を広く世界に知らしめた作品。

 

 

 

 

Jim O’Rourke / Insignificance (Drag City)

f:id:muimix:20210517075128j:plainシカゴのアーティストの、Drag Cityからの3枚目のアルバム。前作に続く“うたもの”のアルバムは、彼のロックンロールな側面を反映した作品となった。前作にあった音響のマジックはここにはないが、代わりに親しみやすいソングライティングがあり、それは風通しの良いシンプルなサウンドと共に、本作を彼の作品史上もっとも聴きやすい作品にしている。1曲目のイントロから鳴り響く豪快なギターが本作の気安くストレートな気風を象徴しているかのようだ。曲数は少ないが充実した作品。

 

 

 

 

Jon Hopkins / Opalescent (Just Music / absolute zero)

f:id:muimix:20210517075131j:plainイギリスのアーティストのデビュー作。浮遊感のあるアンビエント。透き通った空気感のキラキラしたサウンドで、聴いているとまるで自分が星空のただ中に浮かんでいるかのような感覚を覚える。サウンドの滑らかな移り変わりにはサウンドデザインの優れたセンスを感じる。本作がムード音楽の枠から抜け出せているかというと微妙だが、この過程があったからこそ「Open Eye Signal」の雄大な景色に辿り着けたのだろう。そしてなにより、本作は煌めく音色に対する純粋な憧憬をわれわれに思い出させてくれる。

 

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Life Without Buildings / Any Other City (Tugboat)

f:id:muimix:20210517075135j:plainグラスゴー芸術大学の元学生らによるバンドの1stにして唯一作。Don Caballeroに影響を受けたという、確かな演奏力の小気味いいバンドサウンドの上でSue Tompkinsのボーカルが跳ね回る。最も特徴的なのがこのTompkinsによるスキャットとおしゃべりの中間のようなボーカルスタイルで、矢継ぎ早に繰り出される言葉はTompkinsの衝動をダイレクトに伝えつつ、聴き手のイメージを飛躍させる。「the right stuff」というフレーズが50回近くも繰り返されるオープニング曲がバンドのユニークなスタイルを象徴している。

 

 

 

 

Low / Things We Lost in the Fire (Kranky)

f:id:muimix:20210517075140j:plainミネソタ出身のバンドの5th。厳かで神聖な雰囲気のドリームポップ/スロウコア。ゆっくりなテンポとミニマルなアレンジ・シンプルなソングライティングが、バンドが放つ一音一音を、そしてAlanとMimiによる美しいボーカルハーモニーを極限まで引き立たせる。前作に引き続きSteve Albiniがプロデュースするサウンドは生々しく、アルバムに緊張感と荒涼とした空気をもたらしている。冷たさすら感じるサウンドと血の通ったボーカルの対比が本作の美しさのコアなのだろう。雪原で見つけた焚き火のようなアルバム。

 

 

 

 

Matmos / A Chance to Cut Is a Chance to Cure (Matador)

f:id:muimix:20210517075144j:plainアメリカのデュオの4作目。ジャケットやアルバムタイトルが物語るように、主に外科手術の音を素材として用いた実験的なテクノ。出所は不穏だが最終的なアウトプットはポップかつユーモラス。音の由来や曲のコンセプトなどの背景を何も知らずに聴いても楽しめるが、それらを知ることで味わいが増すこともある。例えば「For Felix (And All the Rats)」はフリーキーで散漫なアンビエントのようだが、この曲が空っぽのネズミの檻で奏でられていることを知れば、(終盤の狂騒を含め)曲の聴こえ方が変わってくるだろう。

 

 

 

 

Matt Marque / Get There (Truckstop)

f:id:muimix:20210517075148j:plainシカゴのSSWのデビューアルバム。Elliott Smithを想起させる線の細いファルセットで歌われる、ミニマルで朴訥としたフォーク。現WilcoのGlenn Kotcheなどの参加した本作はStephen PrinaやLoose Furの作品のような、シカゴ周辺のアーティストの人脈の豊かさから生まれた作品の一つとして捉えていい。一番の特徴はアルバムの流れの良さで、まるでビートテープかDJミックスかのようにスラスラと流れていく。おそらく「(どの楽曲も)非常にシンプルなこと」「大仰なイントロがなくヴァースから始まること」が要因としてあり、その上でリズム的に飽きがこないように曲順が決められているように思う……のだが、それにしてもフォークという、デジタルなイメージの少ない伝統的なジャンルでこの滑らかさは異様である。約30分という短い間ではあるが、地味ながら確実にリスナーの耳を惹きつけ続け、そしていつの間にか終わっている。サウンド的に革新的なところはないが、「滑らかかつ聴き手の注意を引く構成」という点で学ぶべきところのある作品だと思う。

 

 

 

 

Matthew Herbert / Bodily Functions (IK7)

f:id:muimix:20210517075152j:plainイギリスのアーティストの3作目のアルバム。“PCCOM”という、主にサンプリングについて扱ったマニフェストに基づいて製作されたジャジーで上品なディープハウス。“身体機能”というタイトルの通り、人体をソースとしたサウンドを素材としており、実際にそこかしこでファニーな音を聴くことができる。多くの曲でメランコリックなボーカルをフィーチャーしており、おしゃれなポップスとしても楽しめる。サウンドのユニークさと楽曲の洗練を両立させた異様に高品質な作品。彼にとっては制約も新たな創造の糧になるのだろう。

 

 

 

 

The Microphones / The Glow, Pt. 2 (K)

f:id:muimix:20210517075155j:plainPhil Elverumを中心とするアメリカのバンドの3rd。ブラックメタルや実験的なアンビエントを横断する不安定なフォーク~ロック。個人的な感想を率直に述べると「中途半端でたまに冗長」というネガティブなものになるのだが、本作の生々しく気まぐれなサウンド・楽曲に神秘性を見出す聴き手も多くいる。その筆頭がPitchforkで、レビューでは作品の魅力を引き出すユニークな視点が提示されている。要点のみ意訳する。「(例として)海の美しさを表現するときに、「海は美しい」とポップソングで表現するか、あるいは音のみで美しさを表現するか、という複数のアプローチがある。(中略)『The Glow Pt.2』は、海、空、そして山を、始まりも終わりもないかのような音のパノラマで表現している。」自分のように作品の良さがわからなかった人がいれば参考になるだろう。そしてもう一点、本作はヘッドホンのような音の定位が掴みやすい機器で聴くことをおすすめする。パンニングの魔法のような効果の有無でまた印象が変わるはずだ。

 

 

 

 

The Other People Place / Lifestyles of the Laptop Café (Warp)

f:id:muimix:20210517075159j:plainアメリカのプロデューサーJames Stinson(Drexciyaのメンバーとして知られる)のソロアルバム。幻想的な雰囲気の、メロディアスなデトロイトテクノ~エレクトロ。ややゆっくり目のテンポと、森林や海中に差し込む光のように揺らめくウワモノが親密さを演出する。リリース当時は特に注目されず(アーティストの情報も隠されていた)、翌年にStinsonが亡くなってから長い時間をかけて評価されてきたというストーリーが背景にあるが、その経緯にも頷けるような、控えめながらもタイムレスな魅力を持ったレコードだ。

 

 

 

 

Radiohead / Amnesiac (Capitol)

f:id:muimix:20210517075203j:plainイギリスのバンドの5thで、前作『Kid A』と同時期に録音されている。前作にはあった流れの良さ・アルバムとしてのまとまりが失われている点でポップさという観点から見ると劣るのだが、代わりにサウンド・楽曲のユニークさは際立っており、「他に似たような作品がない」という一点だけでも聴く価値がある。1曲目の「Packt Like Sardines in a Crushd Tin Box」の時点でユニークさが振り切れている(そして奇妙にポップだ)。わかりにくく愛しにくい作品だが、彼らの音楽的探究とその結実たる本作には万金の価値がある。

 

 

 

 

Rufus Wainwright / Poses (DreamWorks)

f:id:muimix:20210517075207j:plainアメリカのSSWの2nd。豊かなテノールをフィーチャーしたチェンバーポップ。オペラに影響を受けた、ドラマチックながらもゆったり・ふっくらとした楽曲は伸びやかなボーカルと相性バツグンだ。音楽一家の人脈もあって多彩なゲストが参加しており、作品の音楽性の幅を拡げている。アルバムは全体に優雅な雰囲気にあふれており、流せばたちどころに空気は華やかになるだろう。豪華だが洗練されており、格調高いが親しみやすい。メジャーレーベルの支援を適切に受けた完成度の高い作品だ。

 

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Stars of the Lid / The Tired Sounds of... (Kranky)

f:id:muimix:20210517075211j:plainテキサス州オースティンで結成されたデュオの6作目。ギターのフィードバックにストリングスやホーンを加えた重厚なドローン・アンビエント。繰り返しを基調とするキャッチーな構造はほぼないが、音色の繊細でゆっくりとした変化が聴き手の意識を掴んで離さない。純粋に重なった音の響きが美しいのだが、それぞれの音が個別に動き、重なり離れていく様子が特別美しい。集中して聴くのも良いが、タイトル通り「くたびれた」音として、BGMのように聴き流すのも悪くない。ジャンルの代表作にして穏やかな傑作。

 

 

 

 

Stereolab / Sound-Dust (Duophonic)

f:id:muimix:20210517075214j:plainイギリスとフランスを出自に持つバンドの7作目。故Mary Hansenの参加した最後のアルバムはクラウトロックの「反復の美学」を胸に抱いたループ主体のスタイルから離れ、より歌やメロディーにフォーカスした内容になった。ループのくびきから解放された楽曲は滑らかさはそのままに、自由に・気ままに展開していく(結果、組曲のようになった曲がいくつかある)。John McEntireとJim O'Rourkeのプロデュースも冴えわたった本作は、バンドのポップス路線における最高傑作だろう。「Nothing To Do With Me」は珠玉の出来。

 

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The Strokes / Is This It (RCA)

f:id:muimix:20210517075217j:plainニューヨークのバンドのデビューアルバム。シンプルで勢いのあるギターロック。WireのミニマルなポストパンクとTelevisionの各楽器が有機的に絡み合うギターロックを組み合わせたようなスタイルで、『White Blood Cells』同様、当時の音楽シーンにガレージロックやポストパンクへの回帰という流れを作り出した。Pixiesなどとの仕事で高名なGil Nortonのプロデュースを断り、Gordon Raphaelと共に作られたサウンドは奇妙な独自性を持つ。ギターロックの気持ちよさのコアをここまで的確に捉えた作品もないだろう。

 

 

 

 

Super Furry Animals / Rings Around the World (Epic)

f:id:muimix:20210517075220j:plainウェールズ出身のバンドの5作目で、メジャーデビュー作。多様なジャンルのサウンドを取り入れつつも、最終的には世界的な射程距離を持つポップスとして出力されるところはBlur『13』に近いものがある。BlurOasisなどのブリットポップ勢に通じるポップセンスで、ハリウッドの映画のようにクサいと感じる部分もあるが、結局そのポップネスにどうしようもなく屈服させられるのだ。世界初のCDとDVD(サラウンドミックスの音源などが収録)の二枚組のリリースでもあり、レーベルとバンドの気合が伝わってくる。

 

 

 

 

Tim Hecker / Haunt Me, Haunt Me Do It Again (Substractif)

f:id:muimix:20210517075223j:plainバンクーバー出身のアーティストの本名名義での1st。重厚なドローンを主体にグリッチの要素を取り入れたアンビエント。Stars of the LidとFenneszの同年作の中間のようなサウンドで、革新的なところはないのだが非常に完成度が高い。楽曲を掴みやすくするため各曲は複数のパートに分けて収録されている。アルバムのムードはシリアスに始まり、中盤以降はノスタルジック~ロマンチックに変遷していく。アルバム終盤、「Boreal Kiss」「Night Flight to Your Heart」にて控えめに鳴らされるドラムのポジティブな響きが印象的だ。

 

 

 

 

The White Stripes / White Blood Cells (Sympathy for the record industry)

f:id:muimix:20210517075226j:plainアメリカのデュオによる3rd。「ロックンロール」とされる音楽の、最大公約数的なサウンド・楽曲をストレートに捉えて形にした作品。革新性やユニークさはないのだが、そのシンプルで原始的な有り様がガレージロック・リバイバルという大きな流れを巻き起こしていくことになる。楽曲は4分を超えるものはなくどれもキャッチーで、過去作にあったルーツ音楽的な土臭さ(それはそれで魅力的なのだが)が薄れていることも本作の聴きやすさに繋がっている。似たムードが続くことが難点だが、そこも含めてロック感がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2002年

 

2 Many DJs / As Heard on Radio Soulwax, Pt. 2 (Pias)

f:id:muimix:20210517075654j:plainベルギーの兄弟ユニットによるDJミックス作品。ある曲のボーカルトラックを別の曲のインストゥルメンタルに被せる「マッシュアップ」という手法を全面的に用いて話題となった。多彩なジャンルの著名アーティストの楽曲が多く使用されており、ポップミュージック総覧的な趣がある(権利問題の対処は大変だったことだろう)。常に明快なメロディーを追っているだけでも存分に楽しめるパーティーミックスだ。ネットに公開されている、収録曲に関連するアートワークを使った本作のビデオも必見。

 

Radio Soulwax Presents: As Heard On Radio Soulwax pt. 2 from Radio Soulwax on Vimeo.

 

 

 

 

...And You Will Know Us by the Trail of Dead / Source Tags and Codes (Interscope)

f:id:muimix:20210517075650j:plainアメリカのバンドの3作目で、メジャーレーベル移籍後初のアルバム。シリアスな抒情性をまとったハードコア~オルタナ。シビアな評価をすることで知られるPitchforkで10点満点を獲得したことが今も語られているが、内容も評価に劣らずすばらしいものだ。ハード一辺倒では聴き疲れしてしまうが、今作ではほとんどの曲を3~4分でまとめること、曲間をシームレスに繋げることで流れの良さとメリハリを両立し、アルバム単位での聴取を促している。そしてその体験は非常に濃密で、ドラマティックで、感動的なのだ。

 

 

 

 

Akufen / My Way (Force Inc)

f:id:muimix:20210517075658j:plainカナダのアーティストの、Akufen名義での2nd。マイクロハウスと呼ばれる、極めて小さなサンプリングを活用したハウスで、本作ではラジオから録音された素材が2000以上もの数使われているという。#4「Deck the House」は一瞬ごとにサンプリングが展開していくジャンルを代表する一曲。アルバム中盤のファンキーな流れも良いが、テックハウスをベースにサンプルを散りばめた序盤と終盤の流れがより魅力的。細かなサンプリングというわかりやすい特徴につい耳がいくが、まずハウスミュージックとして優れた作品である。

 

 

 

 

Beck / Sea Change (DGC / Geffen)

f:id:muimix:20210517075701j:plainアメリカのSSWの8th。内省的・感傷的なフォークで、その背景には9年間にも及んだ彼のスタイリストとの交際関係の終わりがあったようだ。『Histoire de Melody Nelson』をベースに繊細なエレクトロニクスを加えたようなサウンドは柔らかく浮遊感があり、全体に黄昏時のムードが流れている。ストリングスアレンジを手掛けた実父David Campbellや、『Mutations』ぶりにプロデューサーを務めるNigel Godrichの貢献も大きいだろう。本作は10年代における『Norman Fucking Rockwell!』のような象徴的なリリースと言える。

 

 

 

 

Boards of Canada / Geogaddi (Warp)

f:id:muimix:20210517075706j:plainイギリスのデュオによる2作目。ヒップホップを下敷きにしたビートに薄い靄のようなコードや、音声・環境音のサンプリングを被せた幻想的なエレクトロニカディスコグラフィー上もっともサイケデリックで、トリップ感が強い。彼らについては結局のところ、コードやメロディーのセンスが飛び抜けてユニークであり、その一点だけで必聴に値してしまう。とはいえ楽曲はサウンドに密接に関わっているので安易に分けて語れないのだが…。前作と同じく歴史に残るレコードであり、ここでしか聴けない音やムードが詰まっている。

 

 

 

 

The Books / Thought for Food (Tomlab)

f:id:muimix:20210517075715j:plainギタリストとチェリストのデュオによるデビューアルバム。弦楽器と音声のサンプリングを組み合わせた奇妙で愛らしい……ポップス? Matmos同様サンプリング主体のアプローチではあるが楽曲のスタイルは異なり、あちらがテクノだとすればこちらはフリーフォークといった具合。素材自体は日常にありふれたものだが、それらを組み合わせて未知の感覚を呼び起こす様はまるで魔法を見ているかのよう。サンプリング音声中の言葉を用いた物語的な演出もよく嵌まっている。00年代で最も“自由さ”を感じた作品の一つ。

 

 

 

 

Broken Social Scene / You Forgot It in People (Arts & Crafts / Paper Bag)

f:id:muimix:20210517075718j:plainカナダのアーティストが集った大所帯バンドの2nd。ジャンルを越えた数多のアイデアをロックのフォーマットにまとめ上げたもの。この一枚のアルバムの中にGY!BERadioheadTortoiseSonic Youth、果てはFenneszなどのサウンドが詰まっているのだ。それだけでも異常だが、青い焦燥をよく捉えた楽曲も、クールさ・エッジーさを残したプロダクションも同様にすばらしいという……思わずため息の漏れる超越的なロックレコードである。これだけの才能が集まり、かつ全てが適切に機能したことは本当に奇跡的である。

 

 

 

 

Deerhoof / Reveille (Kill Rock Stars)

f:id:muimix:20210517075601j:plainアメリカのバンドの4作目。アヴァンギャルドとポップを自由に行き来するフリーキーなロック。ローファイなサウンドで奏でられる楽曲群からは雰囲気のあるイントロ・アウトロが排され、コアとなるメロディーやアンサンブルだけが剥き出しにされている。結果、歪ながらもひたすらにキャッチーな作品となった。流れが急に断ち切られる唐突さはあるが、それは聴覚上のイベントとして聴き手の気を引く機能も果たしている。もろもろの振れ幅の大きいクレイジーな作品だが、思わずリピートしてしまう奇妙な魅力がある。

 

 

 

 

Ekkehard Ehlers / Plays (Staubgold)

f:id:muimix:20210517075605j:plainドイツのアーティストによる、特定の芸術家からインスピレーションを受けて製作された一連のシングル・EPをまとめたもの。エクスペリメンタルな現代音楽/アンビエント。細かな電子音と生音の組み合わせによる抽象的な曲から、分厚いサウンドの荘厳なドローンまで音楽性は多岐にわたるが、どの曲も印象的。参照元との関係が不明瞭な作品もある(そもそも音楽家以外の芸術家もリファレンスに上げられている)ので、とりあえず音に飛び込むのが吉だろう。中央に配置された2曲はわかりやすく直情的なアンビエント

 

 

 

 

The Flaming Lips / Yoshimi Battles The Pink Robots (Warner Bros.)

f:id:muimix:20210517075608j:plainアメリカのバンドの10作目。ソフトなサウンドで奏でられるファンタジックなサイケデリック・ポップ。プログラムされたストリングスとリバーブの繭の中で、安定したミドルなリズムに乗せてドラマチックで美しいメロディーが滔々と流れていく。柔らかな音像に身を任せているとやがてまるで子ども向けの感動的な映画を観ているような気分になってくる。バンドの丁々発止のやり取りも、聴き手を驚かせようという気概もないが、普遍的な良さの宿ったソングライティングがあり、その点で評価されているのだろう。

 

 

 

 

Horsepower Productions / In Fine Style (Tempa)

f:id:muimix:20210517075612j:plainロンドンのグループによるデビューアルバム。イギリスのクラブで流れる音楽を広く深く吸収した彼らの産み出したスタイルは後に「ダブステップ」と呼ばれることになる(事実、その音楽がメディアから初めてダブステップと呼称されたグループのようだ)。疾走感のある2-Stepのビートにダークな・民族的なウワモノが重ねられる。ハイライトは中盤の、「What We Do (Remix)」~「Classic Deluxe」の内省的で官能的な流れだろうか。後に一世を風靡するスタイルはここで既に圧倒的な完成度で提示されていた。

 

 

 

 

Interpol / Turn On the Bright Lights (Matador)

f:id:muimix:20210517075615j:plainニューヨークのバンドのデビューアルバム。各楽器の有機的な絡みで聴かせるポストパンクで、オン・オフの効いたベースのプレイがバンドを推進させる。リバーブのかけられたサウンドは暗闇に灯った光のように遠く響いていく。ボーカル含め、Joy DivisionやEcho & the Bunnymenといったバンドに通じるスタイルである。バンドの音楽性が見事に現れた1曲目「Untitled」は、アルバムの導入としてもバンドとの最初の出会いとしても最適だろう(元はライブショーのイントロ用に書かれたものらしい)。アルバム前半は完璧な出来だ。

 

 

 

 

Keith Fullerton Whitman / Playthroughs (Kranky)

f:id:muimix:20210517075619j:plainHrvatskiとしても知られるアメリカのアーティストの本名名義の作品。ギターの音を様々な機材で加工して作られた(本人のHPにて製作プロセスが解説されている)、美しいドローンアンビエント。ゆっくりじっくりと展開する楽曲が聴き手の意識を引き延ばしていく。音色がいっとう美しい作品で、「fib01a」や「modena」では元がギターだとは信じられないような丸く柔らかい、泡のようなサウンドが披露される。鋭い感性と集中力が結晶した至高の逸品で、同様のアプローチでこれ以上の作品は生まれないだろう。

 

 

 

 

The Libertines / Up the Bracket (Rough Trade)

f:id:muimix:20210517075641j:plainイギリスのバンドのデビューアルバム。生々しく荒々しいガレージ・パンク。荒削りな演奏には原始的なグルーヴがある。プロデューサーのMichael Jonesは彼が在籍していたThe Clashに通じる生々しく迫力ある音響を提供している。サウンドの粗野なイメージとは裏腹に楽曲はポップで親しみやすい。「ガレージロック・リバイバル」に対するイギリスからの回答と見做されることがあるが、個人的にその潮流に括られるバンドの中では「ロックンロール」と聞いて想像する音に最も近いと感じる。非の打ちどころのない作品。

 

 

 

 

Max Tundra / Mastered by the Guy at the Exchange (Tigerbeat6)

f:id:muimix:20210517075622j:plainイギリスのアーティストの2nd。陽気でリズミカルなエレクトロポップ。初めて本格的にボーカルを導入した本作はどこを切り取ってもメロディアスで、キャッチーなフックに満ちている(そもそもシンセのビビッドな音色自体がキャッチーだ)。オープニングの「Merman」が典型で、高速で跳ね回るリズムやメロディーがいつの間にか頭に染みついている。豊富なアイデアを40分弱にパンパンに詰め込んだポップすぎる一枚。「Lights」ではボーカルの早回しも披露されており、全体として「早すぎたHyperpop」のような趣がある。

 

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Mclusky / Mclusky Do Dallas (Too Pure)

f:id:muimix:20210517075625j:plainウェールズのスリーピースによる二枚目。躁的なボーカルが耳を惹く豪快なロック。バンドのささくれ立った激しいサウンドの録音はSteve Albiniの手による。ボーカルのパフォーマンスも含めPixiesとよく比較される(実際よく似ている)が、決定的に違う点はユーモアのセンスで、今作を聴いた後だと『Doolittle』の歌詞は中二病のように感じられる。ユーモアというか…素直に下品で不謹慎なのだが、それがアルバムの風通しを良くしていることも事実。そして基本的には、シリアスな作品よりもバカっぽい作品の方が貴重である。

 

 

 

 

Michael Mayer / Immer (Kompakt)

f:id:muimix:20210517075628j:plainドイツのレコードレーベルKompaktのオーナーの一人によるDJミックス作品。シンプルなリズムに滑らかなウワモノが絡む上品なハウスがコンパイルされている。Kompakt以外のレーベルの作品も当然収録されているが、音楽性としてはKompaktレーベルの柔らかで親密な側面がよく現れており、レーベルを掴むための一枚としては最適だろう。ハイライトは堂々としたストリングスで幕を開ける「Perfect Lovers」~高く舞い上がる「Flying Far」の流れ。驚きはないかもしれないが、どんなときもリスナーを優しく包み込んでくれる。

 

 

 

 

Schneider TM / Zoomer (City Slang)

f:id:muimix:20210517075631j:plainドイツのアーティストの2nd。ボコーダーで加工されたボーカルが特徴的なエレポップ。グリッチを通過した細かな、そして遊び心のある音遣いが耳をくすぐる。8曲中5曲でボーカルがフィーチャーされているが、それ以外のインストもメロディアスで親しみやすい。楽曲はスマートでクールだが、同郷のMouse on Marsに通じる温かくファニーな音色がそこかしこに配されているため、結果としておもしろい印象になっている。緻密に作り込まれたエレクトロニカの深い味わいとボーカルのキャッチーさを見事に両立させている。

 

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Sonic Youth / Murray Street (Geffen)

f:id:muimix:20210517075634j:plainアメリカのバンドの12枚目のアルバム。Jim O'Rourkeの正式なメンバー加入が影響したのか、バンド史上もっともメロディアスな作品となっている。ノイズを作曲に組み込んだエクスペリメンタルなロックという基本路線は変わらないが、今作は「ギターが(ボーカル以上に)歌う」という意味でよりシンプルなギターロックでもある。良さがわからないという人がもしいれば、一度ギターの音に集中して聴いてみるといいだろう。その軌跡が官能に満ちた美しいメロディーラインを描いていることに気が付くはずだ。

 

 

 

 

The Streets / Original Pirate Material (679 / Locked On)

f:id:muimix:20210517075637j:plainイギリスのアーティスト、Mike Skinnerによるプロジェクトの1st。UKガラージをベースにしたトラックに乗せて身近な日常を描写するヒップホップ。UKのクラブミュージックに影響を受けたサウンドはUSのヒップホップを主に聴いてきた人には新鮮に響くだろう。#7「It’s Too Late」には後のBurialにも通じるような抒情的なムードがある。トラック以上にリリックが評価されているアーティストではあるが、音楽面だけを見ても今回のリストの中では貴重な存在ではある。00年代のUKを捉える際には触れておきたい。

 

 

 

 

Wilco / Yankee Hotel Foxtrot (Nonesuch)

f:id:muimix:20210517075645j:plainシカゴを拠点とするバンドの4作目。ベースは牧歌的なロックだが、Loose Furからのつながりで製作に参加したJim O'Rourkeによって繊細で不思議なサウンドが加えられている。#1「I Am Trying to Break Your Heart」が象徴的だが、本作でのO'Rourkeの仕事はまさしく“魔法”のようなものだ(Sonic Youth『NYC Ghosts &Flowers』を思い出す)。メンバー間の不和、レーベルとの確執・脱退からのネットでのストリーミング配信など、ドラマチックな作品背景は1曲目の曲名を冠したドキュメンタリー映画にまとめられている。

 

 

 

 

Xiu Xiu / Knife Play (5 Rue Christine)

f:id:muimix:20210517075648j:plainアメリカのバンドのデビューアルバム。金属質なパーカッションとノイジーサウンド、情緒不安定なボーカルが特徴の実験的なロック。1曲目からコードを無視したボーカルの絶叫とノイズの爆発に襲われ思わず顔をしかめてしまう…がこのアルバムにおいてはそのような表現は珍しくない。つまり、かなり人を選ぶ作品なのだが、こだわりを感じるサウンドの手触りや繊細なアレンジなど聴きどころもある(というか基本的にポップを掴んだ人によるエクスペリメンタルな表現なのだ)。割れたガラスのような危うい美しさのある作品。

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年

 

Animal Collective / Campfire Songs (Catsup Plate)

f:id:muimix:20210517080337j:plainアメリカのバンドの3rd……とされているが、元はバンドが明示的に結成される前の2001年に録音されている。5つの曲がワンテイクで録られており、各曲はシームレスに繋がっている。半野外のスクリーンポーチでの録音は環境音を豊富に取り込んでおり、実際にキャンプに来ているかのような強い臨場感がある。雨や雷の音も入り込んでいるのだが、それらの特徴的な環境音は楽曲の展開にリンクするように配されており、ドラマチックな演出の一環として機能している。例えば、アブストラクトで少し落ち込んだような#4「Moo Rah Rah Rain」では暗さを強調するように雨が降りだし、続くアルバム中もっとも明確なメロディーを持つ終曲「De Soto de Son」では曲の勢いを増すかのように雨は強さを増し、小鳥が囀りだす。控えめだが効果的で、アルバム単位での聴取を劇的で感動的なものにしている。アンビエントとフリーフォークの中間を捉えた興味深い作品。

 

 

 

 

Caribou / Up In Flames (Leaf)

f:id:muimix:20210517080341j:plainカナダのアーティストのManitoba名義の最終作で、Caribouに名義を買えた後、2006年にもリイシューされた。Four TetのがちゃがちゃしたフォークトロニカにElephant 6のノスタルジックで人懐っこいソングライティングとサイケデリックサウンドを混ぜ合わせたような作品。常に明るく、勢いがあり、ポジティブなエネルギーに満ちている。展開は目まぐるしくサウンドは濃密で……純粋に作品に込められた熱量が群を抜いている。とびきりにポップで楽しい、小さな太陽のような作品だ。

 

 

 

 

Dizzee Rascal / Boy in Da Corner (XL)

f:id:muimix:20210517080343j:plainイギリスのアーティストが19歳という若さで作り上げたデビューアルバムはグライムというジャンルを世界に広めた象徴的な一枚となった。暴力的なベースを含む、存在感のある刺激的なサンプルをまばらに配置した奇妙なサウンドは原始的なパワーに満ちている。伝統的な要素が少なく馴染みにくいことは本作が真に新しい音楽であることの証左だろう。PC MusicやHyperpopのエクストリームなサウンドの源流の一つであり、それらを通過した耳の方が本作をスムーズに受け入れられるかもしれない。

 

www.youtube.com この曲を作ったときはまだ16歳……

 

 

 

 

The Exploding Hearts / Guitar Romantic (Dirtnap)

f:id:muimix:20210517080347j:plainアメリカのバンドの1stにして唯一作。77年から時が止まったかのようなルックスとジャケットが象徴的な、The ClashBuzzcocksからの影響を隠さないポップなパンクロック。サウンドの探求にかかる労力はすべてメロディアスなアレンジとソングライティングに費やされ、アルバム全体がキャッチーなフックであふれている。楽曲はほとんどが2分代でトータルタイムは30分を切る潔さ。なにより照れや衒いの一切ない姿勢が真にクールだ。バンドは今作をリリースした3ヶ月後に自動車事故が原因で解散してしまう。

 

 

 

 

James Holden / Balance 005 (EQ)

f:id:muimix:20210517080350j:plainイギリスのDJ/プロデューサーの二枚組DJミックス。プログレッシブ・ハウスを代表するアーティストの出世作で、自身のレーベルであるBorder Communityの作品を紹介しつつ聴き手を壮大なトリップに誘う。ディスク1はより折衷的で、ボーカルトラックも交えて様々な領域を横断していく。ディスク2はトランスに特化した内容で、揺らめくシンセのフレーズを追ううちに高みに至っている。強い陶酔感のある作品である。本作が権利問題をクリアし完璧な状態でサブスクに登録されている事実が内容のすばらしさを物語っている。

 

 

 

 

King Geedorah / Take Me to Your Leader (Big Dada)

f:id:muimix:20210517080354j:plainイギリス系アメリカ人のラッパー/プロデューサーMF Doomが変名でリリースした2nd。本作の特徴はサンプリングを用いたトラックのわかりやすさ・ストレートなカッコよさだろう。Kanyeのソウルフルでドラマチックなネタ使いに匹敵するキャッチーさがある(今作のわかりやすさと比べると80~90年代のクラシックは軒並み渋く聴こえてしまう)。多くのゲストによる多様なスタイルのラップも聴きどころだ。アンダーグラウンドな作品でありながら非常に聴きやすく、ジャンルの入門としても機能するだろう。

 

 

 

 

Lawrence / The Absence of Blight (Dial)

f:id:muimix:20210517080358j:plainDialレーベルの共同設立者でもあるドイツのアーティストの2nd。もこもこしたサウンドのディープハウス。磨りガラスを通したような曇ったサウンドは内省的な空気を醸しているが、楽曲はキャリアでも最もクラブに接近したダンサブルなものが揃っている。曲単位でもそうなのだが、アルバム単位でも展開がよく練られており、特に1曲目2曲目でじわじわと盛り上げてから至る3曲目「If You Can't Understand」のハウスビートの力強さときたら…。優等生的で目立たないがキャリア初期のLawrenceはもっと注目されるべきだ。

 

 

 

 

Lightning Bolt / Wonderful Rainbow (Load)

f:id:muimix:20210517080401j:plainロードアイランド州プロビデンスの、ドラムとベースギターのデュオによる3rd。二人だけで鳴らされていることが信じられないほどの大きく激しいサウンドが特徴。楽曲はPhilip Glassから影響を受けた反復を基調としたもので、シンプルながら催眠性があり、大音量かつ高速なテンポで演奏されることで聴き手はトランス状態に導かれる。クラウトロックとハードコアのめちゃくちゃな融合体で、時と場合を選ぶが異様な高揚感がある。とにかく衝撃的なサウンドであり、彼らがシーンに与えた影響は計り知れない。

 

 

 

 

Madlib / Shades Of Blue (Blue Note)

f:id:muimix:20210517080405j:plainヒップホップのジャンルで活躍するアメリカのDJ/プロデューサーが、老舗のジャズレーベルであるBlue Noteの音源を素材にリミックスした作品。ムーディーで風格のあるジャズがインスト・ヒップホップに巧みに再構築されている。元の音源にあったライブ感はそのままに、新たにガヤなどの環境音を細かく配置することにより、作品はオリジナル以上の親密さを獲得している。#12「Montara」では祝祭感すら感じられるほどだ。ジャンルのファン以外にも広くアプローチする、間口の広い優れた作品だ。

 

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OutKast / Speakerboxxx/The Love Below (Arista)

f:id:muimix:20210517080409j:plainアメリカのデュオの5作目。ユニット名を冠してはいるが、実際はメンバー二人のソロアルバムを抱き合わせたもので、ディスク二枚を合わせたランニングタイムは2時間を超える。前作『Stankonia』ですでにジャンル=OutKastとしか形容できないような折衷的でオリジナルなサウンドを提示していたが、今作ではよりその傾向が強まり、まるで「ポップであればなんでいい」とでも言うかのように自由なサウンドが追究されている。それでも一応サウンドの傾向はあり、Big Boi『Speakerboxxx』はエレクトリックでファンキーなパーティーサウンド、André 3000『The Love Below』はジャジーでポップなR&Bといった具合。後者では後のアンビエントR&Bに通じるようなサウンドも散見される。全体として、全盛期のPrinceや(後期の分断が進んだ)The Beatlesが引き合いに出されるのも頷けるような創造性あふれる作品だ。ヒップホップという大きな枠すら軽く飛び越えた本作はポップを愛するあらゆる聴き手に強く訴求するだろう。

 

 

 

 

The Postal Service / Give Up (Sub Pop)

f:id:muimix:20210517080413j:plainDntelのJimmy TamborelloとDeath Cab for CutieのフロントマンBen Gibbardのデュオによる唯一作。ウェルメイドで人懐っこいエレポップ。Tamborelloは抒情的な楽曲には繊細なサウンドで静かに寄り添い、ポップな楽曲にはビビッドなサウンドで陽気なエネルギーを加えている。穏やかな声質のボーカル、クリーンなエレクトロニックサウンド、4分程度にまとめられた質の高い楽曲と、馴染みのよい要素が揃った本作はNirvanaBleach』以来となるSub Popからのプラチナ・ディスク(売上100万枚以上で認定)となった。

 

 

 

 

Prefuse 73 / One Word Extinguisher (Warp)

f:id:muimix:20210517080417j:plain複数の名義を使い活発に活動するアメリカのアーティストの、Prefuse 73名義での2nd。レーベルのイメージに通じるIDMとヒップホップを組み合わせたもの。ブレイクビーツグリッチやボーカルのカットアップを重ねたトラックは非常にファンキーで、思わず反射的に身体が動きそうになるほどだ。楽曲は初見でも流れに乗れるくらいにメロディアスで……なによりケレン味がある。ストレートにかっこいいのだ。10年代のFlying Lotusの作品などに通じるような極上のエンターテインメント作品。

 

 

 

 

The Rapture / Echoes (Vertigo / DFA)

f:id:muimix:20210517080421j:plainニューヨークのバンドのデビューアルバム。ポストパンクのサウンドとダンスミュージックを接続した衝動的なロック。硬質なビートの上で刃物のように鋭いギターと鈍く光るベースが火花を散らす。DFAの担当するプロダクションはバンドのサウンドをよりフィジカルで暴力的で、そしてよりダンサブルなものにしている。多くの曲はシームレスに繋がれており、アルバムはミックス音源のように滑らかに流れていく。00年代を象徴する一曲である「House of Jealous Lovers」を含むアルバム中盤の高揚感は凄まじいものがある。

 

 

 

 

Ricardo Villalobos / Alcachofa (Playhouse)

f:id:muimix:20210517080424j:plainチリ生まれドイツ育ちのアーティストの1st。彼をミニマルテクノの大御所たらしめているものは楽曲の奇妙さと作り込まれたサウンドの小気味よさだが、それらの要素はこの1stですでにはっきりと現れており、まさにそのことが本作を特別なものにしている。1曲目「Easy Lee」で始めに一瞬だけ鳴らされたドラムトラックが再び戻ってくるまで、我々はどれだけリズムを待ち望んだだろう?辛抱強い人でも30秒あたり——加工されたボーカルのフレーズが一巡したところで痺れを切らすだろう。だが実際のドラムトラックの帰還にはそこからさらに15秒ほどを要する。…バカげた演出のようにも思えるが、実際は非常に印象的であり、また他に似たような曲も見当たらない。いったい誰がこのような大胆な真似をできるだろうか? 最小限の細かなサウンドで強力なファンクネスを生み出す技術はもちろんだが、無数のヘンテコなアイデアも同様にすばらしい。結局のところ、彼にしか作れないものがあり、彼の作品からしか得られないものがあるということなのだ。

 

 

 

 

The Shins / Chutes Too Narrow (Sub Pop)

f:id:muimix:20210517080427j:plainアメリカのバンドの二作目。アコギが気持ちよく掻き鳴らされるジャングリーなギターポップで、開放的なフィーリングがある。ソングライティングにはThe Zombiesや初期のTodd Rundgrenのようなノスタルジックかつドラマチックなところがあり、それは特に#5「Saint Simon」で顕著だ(アルバム中で唯一ストリングスが登場する)。本作からプロデュースやミックスに外部の本職(Phil EkとEmily Lazar)を起用しており、楽曲の完成度や録音の質が飛躍的に向上している。前作同様、インディーポップの原風景として機能している。

 

 

 

 

Songs: Ohia / The Magnolia Electric Co. (Secretly Canadian)

f:id:muimix:20210517080431j:plainアメリカの多作なSSWであるJason Molinaの、Songs: Ohia名義での最終作。今日を生き抜く労働者階級のためのオルタナティブ・カントリー。前作の録音メンバーとツアーバンドを集め、Steve Albiniの手によってライブ録音された本作には、バンドの高い技術と熱量が生々しく刻印されている。楽曲には疲れて寂れた風情と、それでもやっていくという熱い精神性のようなものが同居しており、このアンビバレンスが作品の大きな魅力となっている。Molinaがアルコール依存症で亡くなった2013年にデラックス版で再発されている。

 

 

 

 

Sufjan Stevens / Greetings from Michigan, The Great Lake State (Asthmatic Kitty)

f:id:muimix:20210517080434j:plainアメリカのSSWの3rd。アーティストの故郷であり、工業都市デトロイトを擁するミシガン州を描いたコンセプチュアルな作品。StereolabThe Sea and Cakeのような、フレーズを複雑に組み合わせたポップスと、シンプルなサウンドの美しいフォークが混在している。20以上もの楽器が使われたサウンドはフォークをベースとしつつ、カラフルでユニークな響きを持つ。アルバムは終盤へ向かうにつれ敬虔な響きを増していく。その頂点となる最後の3曲は音楽の形を取った祈りであり、00年代でも最も美しい瞬間が詰まっている。

 

 

 

 

Ulrich Schnauss / A Strangely Isolated Place (City Centre Offices)

f:id:muimix:20210517080318j:plainドイツのアーティストの2nd。シューゲイザーの包み込まれるような音響・ドリーミーな楽曲とエレクトロニカのキラキラしたサウンドを組み合わせた音楽性で、リニアなリズムに乗せて音の靄の中を進んでいく様子はさながら銀河鉄道に乗って天の川のただ中を進んでいるかのようだ。難しいところはひとつも無く(それこそイージーリスニングとしても機能するだろう)、ひたすらに幻想的でロマンチックな音の旅が続いていく。Schnaussは2014年にTangerine Dreamに加入し、活動の場を広げつつ美しい作品を作り続けている。

 

 

 

 

Underworld / 1992-2002 (JBO / V2)

f:id:muimix:20210517080323j:plainイギリスのグループの代表曲をまとめたベスト盤。アルバム初収録となる「Rez」など、結果的に最も強力なトラックが揃った作品のため選出。グループのこの時期の音楽の一番の特徴は「タメと解放」だ。このスタイルは映画『Trainspotting』で使用された「Born Slippy .NUXX」が典型だが、聴き手の忍耐と引き換えに大きなカタルシスをもたらす。それはたとえ先の展開が読めていたとしても避けられないほど強力なものだ。本作収録曲はその伝統的なスタイルの、現代における究極系としていまだに眩い輝きを放っている。

 

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The Unicorns / Who Will Cut Our Hair When We're Gone? (Alien8)

f:id:muimix:20210517080327j:plainカナダのバンドの2作目にして最終作。情緒不安定ながらきらめくポップセンスの詰まったインディーロック。おもちゃのような音色のキーボードをフィーチャーしたサウンドはローファイでごちゃごちゃしているが、その感覚はソングライティングに対してもそのまま当てはまる。散漫というか気まぐれで、その場で反射的に展開しているような感じだが、個々のフレーズやメロディーは驚くほどにキャッチーだ。多くの曲が定型から逸脱しているため掴みにくいが、聴けば聴くほどに味わいは増していくだろう。

 

 

 

 

William Basinski / The Disintegration Loops I-IV (2062)

f:id:muimix:20210517080331j:plainアメリカのアーティストによる四部構成の作品で、2002年~2003年にかけて発表された。Basinskiは80年代に自らが録音したメランコリックで短いループを磁気テープからデジタル形式に変換しようとしたが、メディアの物理的な経年劣化により変換中に音源は徐々に崩壊していった。本作は「崩壊」という、あらゆる物事が避けることのできない事象をテーマに据えたコンセプチュアルなアンビエント作品であり、各楽曲は長い時間をかけてゆっくりとそのサウンドを劣化させていく。そして本作には印象的な背景がある。Basinskiが本作の録音を終えたのは米国同時多発テロ(9/11)の日の朝だったのだ。Basinskiは録り終えた本作を聴きながらワールドトレードセンターの崩壊を見守り、その日の日没時の1時間をビデオで撮影した(映像の静止画はジャケットに使われている)。映像とセットの作品であり、つまりテロと切っても切り離せない関係にあるのだが、サウンド面だけを見ても他に類を見ない儚い美しさがある。作品はテロの犠牲者に捧げられている。

 

 

 

 

The Wrens / The Meadowlands (Absolutely Kosher)

f:id:muimix:20210517080334j:plainアメリカのバンドの3rd。バンドが気難しい完璧主義や経済的な困難を乗り越えて作り上げたアルバムは最高にポップでドラマチックなロックとなった。そう、大文字の「ロック」である。以下の文章は読み飛ばしてアルバムの実質的なオープニングである#2「Happy」を聴くといい。それで全てがわかるだろう。この曲になにかを感じたならばアルバムは一生ものの宝物となり、逆にピンとこなければ無用の長物となるだろう(そこでアルバムの再生を止めて構わない)。乱暴な手法だが、早く、確実だ。まず聴こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2004年

 

Animal Collective / Sung Tongs (Fat Cat)

f:id:muimix:20210517080648j:plainアメリカのバンドの5th。形式にとらわれない楽曲とエクスペリメンタルなサウンドが特徴の原始的なフォーク。どの曲にも明確なメロディーがあるという点で、彼らのそれまでの作品よりも馴染みやすくはあるのだが、それでもいまだに他のどれにも似ていない楽曲・サウンドである。真に新しいものはその「新しさ」ゆえに他のもので例えることができないのだが、本作にもそれが当てはまる。しかし「意味不明」で終わらないポップさもあり、その新しさとポップさの絶妙な中間点を突いた本作は彼らのディスコグラフィー上でも特別な輝きを放っている。次作『Feels』では不定形なリズムは安定した“ビート”に変わり、楽曲もかっちりとした形を持ち全体的に安心して聴けるようになる。それは成熟の一つの形ではあるのだが、それ以前の作品群を考えるとやはり“喪失”でもあるのだ。「フリーフォーク」という言葉が真に当てはまる音楽がもしあるとすれば、それは本作をおいて他にないだろう。

 

 

 

 

Arcade Fire / Funeral (Merge)

f:id:muimix:20210517080652j:plainカナダのバンドのデビュー作。メンバーの家族の死にインスパイアされたコンセプチュアルでエモーショナルなロック。テンションの振れ幅の大きい、スケールの大きな楽曲が特徴。穏やかに始まるオープニング「Neighborhood #1 (Tunnels)」も時間をかけて盛り上がっていき、やがては光に向かって駆け出していく。祝祭感と一言で片づけられないような、超越的でポジティブなムードがあり、本作を聴いたあとでは日常の光景もどこか特別なもののように映る。世界で最も豊かな感情の籠められたロックレコードだろう。

 

 

 

 

Brian Wilson / SMiLE (Nonesuch)

f:id:muimix:20210517080657j:plainThe Beach Boys『Pet Sounds』の次作として製作されたが諸々の問題によりお蔵入りとなっていた作品を新たに作り直したもの。ボーカルハーモニーを中心に据えた牧歌的なポップ。楽曲にはAriel Pinkに通じるような錯綜したところがあり、馴染むまでにある程度の聴き込みを必要とする。しかしハーモニーの美しさ、そしてなによりメロディーの美しさは極上だ。作品を数回も聴けば音源に合わせて一緒に歌わずにはいられなくなってしまう。全体は3つのパートに分けられているので、作品を掴む際の参考にするといい。

 

 

 

 

Caetano Veloso / A Foreign Sound (Nonesuch)

f:id:muimix:20210517080702j:plainブラジルの偉大なアーティストがアメリカのスタンダードな曲をカバーしたアルバムで、全編英語で歌われている。オーケストラをふんだんに用いた優雅な「Diana」や、エクスペリメンタルなギターが響く幽玄な「Nature Boy」、最小限の音で最大のファンクネスを獲得している「It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)」など、多様なスタイルが詰まった本作は彼があらゆる種類の音楽を修めたマスターだということを示している。素直な謝意が形を成した本作の視聴に政治的な視点は不要、ただ豊かなサウンドを堪能すれば良い。

 

 

 

 

Cocorosie / La Maison De Mon Rêve (Touch And Go)

f:id:muimix:20210517080707j:plainアメリカの姉妹デュオによるデビュー作。チープでローファイな質感が特徴のアシッド/フリーフォーク。ファウンドサウンドのふんだんに盛り込まれたサウンドはエクスペリメンタルだが楽曲自体はシンプルで親しみやすい。時おり挟まれる古いおもちゃの音声は可愛らしさ・可笑しさと同時に寂れた不穏さも漂わせる。楽曲の骨となるボーカルとギターには儚げな響きがあり…特にギターの劣化してひび割れた感傷的な音色は酷く印象的だ。Salami Rose Joe Louisのようなローファイでノスタルジックなポップの始祖的存在。

 

 

 

 

The Dead Texan / The Dead Texan (Kranky)

f:id:muimix:20210517080710j:plainStars of the LidのAdam Wiltzieと、作曲家であり映像作家でもあるChristina Vantzouのデュオによる音楽と映像を組み合わせた作品で、CDとDVDのセット。Stars of the Lidの滑らかなドローンサウンドがベースだが、よりはっきりとしたメロディーを持ち、聴き手の感情を強く揺さぶってくる。展開をコンパクトにまとめた楽曲は尺も短くなり、全体的にポップスに近づいたと言える。本家の譜面的な音楽要素を抽出し濃縮したような作品だ、特に#5「Taco de Macque」以降はメロディアスで美しく、非常に幻想的。

 

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Dear Nora / Mountain Rock (Magic Marker)

f:id:muimix:20210517080713j:plainKaty Davidsonを中心とするアメリカのバンドの2ndで、2017年に13年ぶりにリイシューされた。歌心のあふれるシンプルなギターの弾き語り。ミニマルの極致とも言えるスタイルで、本作と比べればIron & Wineの作品もVashti Bunyanの作品もとても丁寧に編まれていると思えるのだが、それでも魅力的に聴こえるのは本作が“歌”のコアの部分をしっかりと捉えているからだろう。本作を重要な参照点のひとつとするGirlpoolやFrankie Cosmosといったアーティストの台頭が本作の静かな衝撃の大きさを物語っている。

 

 

 

 

Devendra Banhart / Rejoicing in the Hands (Young God)

f:id:muimix:20210517080717j:plainアメリカのSSWの3rd。個性的なボーカルのサイケデリックでフリーキーなフォーク。本人の弾き語りをベースに、Young GodレーベルのボスMichael Giraと共にささやかなオーバーダビングを施したサウンドは、ミニマルで牧歌的ながら時おり奇妙さが顔を出す。本作の元となったレコーディング・セッション(57もの曲が録音されたという)からは『Niño Rojo』というアルバムも作られており、今作と同じ2004年にリリースされている。タイムレスな響きを持つフォークの巨大なコレクションとして、2作セットで楽しむと良い。

 

 

 

 

Dungen / Ta Det Lugnt (Subliminal Sounds)

f:id:muimix:20210517080720j:plainGustav Ejstesを中心とするスウェーデンのバンドの3rd。ヴィンテージなサウンドのお手本のようなサイケデリックロックで、それこそTame Impalaなどに直接通じる音楽である。太陽が輝く爽やかなポップから酔っぱらったかのようなぐにゃぐにゃのサイケデリアまでを表現しきるバンドの力量は凄まじいものがある。アルバムの半分ほどを占めるインストもイマジネーションに満ちており非常にスリリングだ。スウェーデン語の歌唱も味がある。初期のPink FloydSoft Machineに並び立つサイケデリックロックの傑作だ。

 

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Erlend Øye / DJ Kicks (IK7)

f:id:muimix:20210517080723j:plainKings of Convenienceのメンバーとしても知られるノルウェーのアーティストによるDJミックス作品。本作をユニークなものにしているのは彼の特異なミックススタイルで、序盤のCorneliusPhoenixの繋ぎがわかりやすいが、なんと彼は楽曲の糊付けに自身の歌声を用いているのだ。マイクを握ったErlendを写したジャケットが象徴的な本作はパーソナルなカラオケ大会のような趣がある。全ての移り変わりがスムーズというわけではないが、全編に渡ってメロディアスであり、そしてなにより楽しく親しみやすい作品である。

 

 

 

 

The Fiery Furnaces / Blueberry Boat (Rough Trade)

f:id:muimix:20210517080726j:plainアメリカの兄妹バンドの2nd。長く入り組んだ楽曲が特徴のサイケデリックで演劇的なロック。70分を超える長大な作品だが、全編がGenesis「Supper's Ready」や『Abbey Road』のB面のようなプログレッシブな、というよりは分裂症的な展開で満ちている。それだけならただの困った作品なのだが、異常なことにポップさ・キャッチーさも例示した作品に匹敵しており…つまり、本作は文字通り『Abbey Road』のB面を70数分に引き延ばしたような作品なのだ。本作がこれだけの長い時間をポップであり続けていることはまさに異常事態であり、喜ばしいことではあるのだが、すべての聴き手が本作を味わい尽くせるわけではないだろう(濃密すぎるのだ)。歌詞は風変わりな物語を表現しているらしいが、歌から意味をリアルタイムで取れない聴き手にとっては本作は巨大な音のダンジョンのようにも映る。とにもかくにもユニークな作品だ。

 

 

 

 

The Foreign Exchange / Connected (BBE)

f:id:muimix:20210517080729j:plainアメリカのラッパーPhonteとオランダのプロデューサーNicolayが、The Postal Serviceよろしく直接会うことなくデータのやり取りで完成させた本作はヒップホップのジャンルの中でもユニークな作品となった。ストリートのハードさや生々しさといったものがないのだ。優雅な管弦も衒いなく使用した打ち込み主体のサウンドはどこまでも甘くスムーズで、泥臭さとは無縁である。自然の光景やジブリ作品など、この夢見心地なサウンドから連想するものは多岐にわたるが、そのどれにも共通するものはピースフルな空気である。

 

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The Go! Team / Thunder, Lightning, Strike (Memphis Industries)

f:id:muimix:20210517080810j:plainイギリスのバンドのデビュー作。サンプリングを基調に作られたダンサブルなポップ。楽曲・サウンドの印象はThe Avalanches『Since I Left You』とよく似ており、それのインディーロック版と呼んでも差し支えないと思われる。一曲一曲がはっきり区切られ、また明瞭なメロディーが常に中心にあるという点で、あちらよりも親しみやすい(はっきりくっきりしすぎ=謎がない、という指摘もあるかもしれない)。明るく楽しい混じり気のないパーティーレコードで、本作が嫌いな人を探すのはかなり骨が折れるだろう。

 

 

 

 

The Hold Steady / Almost Killed Me (Frenchkiss)

f:id:muimix:20210517080732j:plainミネアポリスのバンドLifter Pullerの解散後に、元メンバーのCraig Finnが中心となって結成されたバンドの1st。クラシックな風格のある、堂々としたロック。恰幅の良くなったThin LizzyあるいはBruce Springsteenのようなサウンドにはロックファンなら抗えない魅力がある。Finnのボーカルは歌というよりは飲み屋でくだを巻いているかのようだが攻撃的で生々しく、勢いのあるサウンドにマッチしている。パワフルでありながら最大限に整ったプロダクションは広い層にアプローチするだろう。完璧なデビューアルバムのひとつ。

 

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Iron & Wine / Our Endless Numbered Days (Sub Pop)

f:id:muimix:20210517080736j:plainアメリカのSSWの2nd。牧歌的で美しいフォーク。Brian Deckをプロデューサーに迎え、正規のレコーディング・スタジオで録音されたことでサウンドは明瞭さを増し、楽曲の持つ繊細な美しさがより引き立つようになった。音楽的には実験もジャンルの横断もない、混じりっ気のないフォークであり、非常にシンプルな味わいだが、素朴な美しさがある。暗いとまではいかないが思慮深く落ち着いた空気で、アルバムタイトルが示すような、どこまでも続く日常に優しく寄り添ってくれるような音楽だ。

 

 

 

 

Joanna Newsom / The Milk-Eyed Mender (Drag City)

f:id:muimix:20210517080741j:plainアメリカのSSWのデビューアルバム。高音の、子どもが歌っているかのようなコケティッシュなボーカルと丸い音色のハープが耳を引く美しいフォーク。同時期に注目を浴びたDevendra Banhartなどと並べてフリー(ク)フォークの旗手と目されることもあるが、こちらにはより素直なポップスの影響があり、そこまでサイケデリックなところはない。#8「Cassiopeia」ではきらめくようなハープの音色が聴き手を夜の原っぱへと誘う。ギターの音に慣れた耳には新鮮に響くサウンドで、幻想的な空気がある。

 

 

 

 

Jóhann Jóhannsson / Virðulegu Forsetar (Touch)

f:id:muimix:20210517080745j:plainアイスランドのアーティストの2nd。金管楽器を中心としたオーケストラとささやかなエレクトロニクスによる、スロウで壮大なミニマルミュージック。冒頭で提示されるシンプルで穏やかなテーマが形を変えて繰り返し演奏される。反復の合間には低音のドローンがゴロゴロとうごめき、聴き手の意識を繋いでいく。レイキャビクの教会で録音されたサウンドには荘厳な響きがあるが、楽曲自体は牧歌的であり、集中して細かな変化を聴きとる楽しみ方も、平穏なBGMとしての気軽な楽しみ方も許容されている。

 

 

 

 

Junior Boys / Last Exit (KIN)

f:id:muimix:20210517080748j:plainカナダのデュオのデビュー作。R&Bをベースにした楽曲と控えめな電子音を組み合わせた、繊細でミニマルなエレポップ。十分な余白の取られた時空間にエッセンシャルな音だけが配置されていく様子には洗練された美しさがある。初聴時はそのサウンドがどこか薄味に感じられるかもしれないが、繰り返し聴くうちに(これで完璧なのだ)との思いがわいてくる。シンプルでありながら(むしろそれゆえに)ディープという、「引き算の美学」を見事に実現した珍しい作品で、数多あるエレポップの中でも独特な存在感を放っている。

 

 

 

 

Madvillain / Madvillainy (Stones Throw)

f:id:muimix:20210517080750j:plainMF DoomMadlibというヒップホップジーニアスのタッグによる作品。Madlibサイケデリックで埃っぽいトラックにMF Doomの予測できないフロウが乗る。全体に酩酊したような感覚があり、揺れるようなグルーヴにのせてアルバムは気まぐれに進んでいく。「Curls」のようなアンセムもあるが、基本的にはアブストラクトでエクスペリメンタルなサウンドだ。後世への影響が大きい作品で、今作のローファイな質感やゆるく揺れるグルーヴ感覚はEarl Sweatshirtなどの新世代にとってスタンダードなものとなっている。

 

 

 

 

Max Richter / The Blue Notebooks (130701)

f:id:muimix:20210517080753j:plainクラシックの教育を受けたイギリスのアーティストの2nd。クラシック音楽にエレクトロニクスと、文学作品の朗読を含むファウンドサウンドを組み合わせた作品で、ポストクラシカルというジャンルの代表作のひとつ。楽曲は比較的伝統的ではっきりとしたメロディーがあり、難解なところはない。非楽音が自然に組み込まれた楽曲・サウンドは強い雰囲気を持ち、どこかノスタルジックな感じもある。本作にはイラク戦争に対する抗議として作られた側面があり、それを踏まえて聴くとまた違った印象を持つかもしれない。

 

 

 

 

Moodymann / Black Mahogani (Peacefrog)

f:id:muimix:20210517080756j:plainアメリカのデトロイトを拠点とするプロデューサーの5作目となる本作ではテクノやディープハウス、ジャズの境界を縫うような、壮大で神秘的なサウンドジャーニーが展開される。楽曲の構造やサウンドはかなりアブストラクトであり、明確なフックがないことがポップミュージックとしては弱点だが、それは作品のミステリアスさとトレードオフでもある。特定のジャンルに括ることのできない、ユニークで巨大な作品だ。キャリアの中ではジャズに寄った作品であり、テクノのファンにはこれ以前の作品がオススメ。

 

 

 

 

Mylo / Destroy Rock and Roll (Breastfed)

f:id:muimix:20210517080800j:plainスコットランドのアーティストのデビューアルバム。ノスタルジックなムードのメロディアスなダンスミュージック。有り体に言えばDaft Punk『Discovery』のサウンドを丸く暖かいものに変え、ホームリスニング向けに尺を調整したような作品だが、作品の完成度に嘘偽りは無く、またサウンドの親密さは00年代でも屈指のものだ。なにより80年代のポップスに対する巨大な愛情がここにはある(ひねくれた名前の表題曲を聴けばわかるだろう)。純粋な感情と楽しさがパッケージされた懐の広いレコードだ。

 

 

 

 

Nick Cave & the Bad Seeds / Abattoir Blues/The Lyre of Orpheus (Mute)

f:id:muimix:20210517080803j:plainオーストラリアのバンドの13作目?にしてダブルアルバム。ブルースやゴスペルの影響色濃い骨太なロック。London Community Gospel Choirのメンバーによるコーラスが作品に荘厳さを加えている。『Abattoir Blues』はハードなロックンロールで熱狂的なエネルギーにあふれている。『The Lyre of Orpheus』はよりトラディショナルでバラードが中心。両方に共通するのはスケールの大きさと、生々しい録音がもたらす圧倒的な迫力だ。作品は流行り廃りとは無縁の伝統的なスタイルでクラシックな風格を備えるに至っている。

 

 

 

 

Phoenix / Alphabetical (Astralwerks / Source)

f:id:muimix:20210517080807j:plainフランスのバンドの2nd。ロックとファンク・R&Bを混ぜ合わせたような折衷的なサウンドを聴かせる。モノクロで表現されたジャケットが象徴するようにシックで内省的な雰囲気でまとめられている。オシャレで洗練されたポップセンスが持ち味であり、例えば#2「Run Run Run」のヴァース部分の微妙なコードの流れや、コーラス直前に入ってくるクラップの“鳴り”だけで悶絶させられてしまう。比較的に地味な扱いを受けているような気もするが、10年代のR&Bを経たリスナーをも納得させるだけの音楽的洗練がここにはある。

 

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 お疲れさまです。後半は……来週くらいに……