トランジションの美学 ~音のアハ体験~(Boards of Canada「An Eagle in Your Mind」について)

https://pitchfork.com/features/article/why-boards-of-canadas-music-has-the-right-to-children-is-the-greatest-psychedelic-album-of-the-90s/

 やたらいかつい記事タイトルですがそんなにいかつい内容ではないです。

 

 

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 Boards of Canadaという自分がめちゃ好きなアーティスト……のこれまためちゃ好きな「An Eagle in Your Mind」という曲がありまして。彼らの1stアルバム『Music Has The Right To Children』の2曲目で、実質オープニングトラックみたいな立ち位置の楽曲なんですが。

 

 この曲のどこが好きなのかを考えたときに、

・ヒップホップ由来のぶっとい、かつ生きているかのように変化し続けるビート

・薄膜のように聴き手を包み込む柔らかな・朧気なドローン

・出所不明の雰囲気のあるサンプル遣い

 など、まあいろいろとあるのですが、曲の構造を考えたときに一番ユニークなポイントとしては「(ドラムやパーカッション、ドローンなど、)それぞれのパートが滑らかに移り変わっていくこと」があると思っています。

 

 最初のキック(0:52あたり)や新たな展開を予告する「I Love You」(2:53あたり)などの例外(唐突に突っ込まれるサウンド)もありますが、この楽曲に登場する多くのパートは滑らかに現れ、動き、消えていきます。気が付くとそこにいて、またふと意識をやるとすでに消えている……こう書くと幽霊みたいな感じですが、体験としてはバラエティ番組でたびたび出てくる「アハ体験」、の聴覚版のようなもの……なんじゃないかと思っています。

 

 

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 自分はこの、「音楽におけるアハ体験」のような滑らかな変化がすごく好きで、「An Eagle in Your Mind」は滑らかな変化が持つおもしろさを存分に引き出した名曲だと思います。

 

 なんならミックス音源における一番おいしい部分が「滑らかな変化」なのではとも思っている(実際、自作のミックス群ではここをかなり意識しています)。なので……「An Eagle in Your Mind」はミックス音源(複数の曲を繋いだ作品)ではないにもかかわらず、ミックス音源的な魅力を備えた楽曲、でもあるのかなと思っています。ミックス……『繋ぎ』のおもしろさを6分半に凝縮したらこんな感じになるのかな、とか。

 

 

 

 

 

・おまけ アハ体験の例 …過去にも紹介したものが多いですが

 ある程度書いてから気づきましたが、この手の音楽においておもしろポイントを記述するのって言ってしまえばネタバレと同じだなと。アハ体験の動画であらかじめ「〇:〇〇頃から変わり始めるよ!」と伝えてしまったら全くおもしろくないでしょう。おれは完全に無知な状態でみんなにまどか☆マギカを観てほしい……なので、以下に挙げる曲は本文を読む前にまず一度聴いてみてほしいです。

 

 

 

「An Eagle in Your Mind」

 1:40くらいから入ってくるハイハット?チキチキしたドラムパートや、3:08からのドローンの新たなパート、3:16からのボイスサンプルを使ったリズムパートなど、新たなパートがひっそりと姿を現し、楽曲の雰囲気を徐々に・微妙に変えていく。最も影響が大きいのは3:30前後からゆっっくりと入ってくるシンプルなベースラインで、じわじわと楽曲全体を活性化させていく。

 一番の盛り上がりは多様で細かなパーカッションが背景に消え、明瞭なドラムが視界を切り開く4:15~(以降の約2分間はフォロースルー)。その4:15の頂点に至るまでにじわじわと温度を上げていく3分~4分くらいもめちゃくちゃおいしい。

 しかし何度聴いてもおもしろい。ドラムプログラミングが神がかっている。終盤に入ってくるスクラッチも決まっている。

 

 

 

 

 

Stars of the Lid

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 これはちょっとアハ体験とは違うけど、滑らかな変化の極地として(ドローンというジャンルとしては伝統的かつ代表的な手法ではありますが)。滑らかな変化はBOCと同じだけど、こちらはすべてのパートがドローンで音色が似通っているので、特定のパートだけを追うのが難しい。しかし複数のパートが並立していてかつどのパートも同時に変化し続けていることは分かる絶妙なバランス。耳のピントを合わせ続けるみたいな独特な体験ができる(幻覚的な味わいもあるかもしれない)。soft landscapesを音に変換したかのような…

 なんとなく。こういう持続的な小さな変化って、無意識レベルで追ってしまうように生き物ってできているような気がする。だから「アハ体験」なんだろう、というのもあるかも。認識の境界を行き来し続けているような。

 

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XLR8R Podcast 450 [10 Years]: Nicolas Lutz

 初めて聴いたときは本当にアハ体験だった。でもこれアハ体験だと意識して聴いたらアハ体験じゃなくなっちゃうから難しいね。

 自分が言ってるのはイントロダクションの超~~~~~気の長いフェードインのことです。こんなにゆっくり入ってくることある? でもこれで実際に聴き手をがっちりと掴んでるんだからすごい。人はフェードインだけでアハ体験できる。

 

 

 

 

 

Voices From The Lake

 「滑らかな変化」を突き詰めた、現代ディープハウス・ミックスの金字塔。気がついたら知らない場所にいる、それを繰り返して早幾年……みたいな作品。繋ぎが滑らかすぎて継ぎ目がまったくわからない。これまたシンプルなベースラインがハイライトを演出する「Twins in Virgo (reprise)」は感動もの。

 

 

 

 

 

Segue『Over The Mountains』

 これも滑らかなトランジションのおもしろさを取り入れたダブテクノとして完璧な出来。4分後半から入ってくるベースライン……お前、いつから!?と驚くことうけあい。山の天気は移ろいやすいことを音楽で示した(?)傑作。

 

 

 

 

 

Frank Ocean「Pink + White」

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 当たり前ですが滑らかな変化は電子音楽だけの専売特許ではない。人類にはストリングスという強力なインストゥルメンツがある。滑らかなクレッシェンド・デクレッシェンドという古くから伝わる必殺技があります。1:30~の慎ましやかなストリングスは最小の手数で最大の効果を上げています。

 自分がストリングスを取り入れたポップスが好きなのはこれが理由なのかも。とはいえ普通に堂々とメロを歌わせる使い方もあるわけで。だからより正確には、自分は「ストリングスのこういった使い方が好き」ということなんだろうなと。

 

 

 

 

 

 挙げたらキリがないのでここで止めておく。と言いつつ、「An Eagle in Your Mind」や「Exposure」のような本当に完璧な例って探してもあまり無いかも。あったらぜひ教えてください。聴きたい! たぶんミックス作品の方がこういう滑らかな変化は多いだろうなとは思います。