Deerhunter [Cryptograms]


 アメリカはアトランタを拠点に活動するロックバンド、Deerhunterのセカンドアルバム。



 アルバムは前半部分と後半部分に分けられる。#1〜#7までの7曲が前半部分で、#8〜#12までの5曲が後半部分となり、それぞれ録音されたタイミングが異なる。それに伴って音楽性にも差異があり、大まかに言えば前半部分が疾走感のあるクラウトロック、後半部分がその後の作品に通じるような陶酔的なサイケデリック・ロックになっている。




 前半部分はさらに前述したクラウトロック的な楽曲と浮遊感のあるアンビエントな楽曲とが交互に現れる構成になっており(この部分はバンドと仲が良いNo Ageの初期作にも通じる)、メインとなるであろうロック的な楽曲は実質3曲しかないのだけど、それらがまた凄まじいことになっている。


#2「Cryptograms」

 まるでなにかの信号かのような無表情なベースとともに、ブラッドフォードの幽鬼のようなボーカルと準備万端といった感じのドラムが入ってくる。その後ボーカルの「My days were through, it was too late」というフレーズ(ここの曲と歌詞のハマり具合が最高)と同時にギターが加わり、ベースもようやく動き出し重心の低いグルーヴが生まれてくる。そしてシューゲイザー的な轟音ノイズも加わり演奏は次第に熱を帯びていく―――。『Microcastle』や『Halcyon Digest』での洗練されたポップスに先に触れていた自分ははじめてこの曲を聴いたときとても驚いた。この人たちこんなロックなこともやってたの!!??





 そして以降も「Lake Somerset」「Octet」と、激熱なロック・ジャムが展開されていく。特徴はどの曲でもベースが楽曲の推進役として大きな存在感を放っていること。ベースってなんとなく縁の下の力持ちみたいなイメージがあるのだけど、今作の前半部ではどのパートよりも一番前に出てはっちゃけているように感じる(逆に冷静なのがギターだろうか)。

 そしてそのままの勢いでベースはバンドのグルーヴに独特の粘りとも言うべき印象を加えている。具体例を挙げると、たとえば実質的なオープニングトラックである「Cryptograms」では中盤以降、ヴァース部分で二種類のリフを繰り返すようになるが、二小節分をひとまとまりとして、途中で二拍分の休符をはさむリフ1と、ダ↓ダ↑ダ↓ダ↑ダ↓ダ↑ダ↓ダ↑〜と休みなく繰り返すリフ2では受ける時間の感覚から変わってくる。音の密度や隙間の関係だと思うけど、なんとなくリフ2の方が長く感じる。そしてリフ2の方がなにか力を溜めているような、そんな印象がある。自分がこの曲のベースを弾くとしたら、リフ2の部分だけ少し体を丸め、縮こめて演奏するんじゃないか。


#4「Lake Somerset」

 続く「Lake Somerset」もベースのド・ド・ド・ド・〜という「音を止める」リフとドドドドドドドドド〜という「音を止めない(開放する)」リフの二種類を繰り返して進行する曲で、こちらではギターもそのベースのリフに合わせてスタイルを変えて演奏しており、二つのリフの差異が「Cryptograms」よりもはっきりと表れている。…というかもうそれぞれのリフを「ブレーキ」「アクセル」なんて呼んでしまってもいいんじゃないか、というくらいにギャップが強調されている。おもしろいのはこちらではより音の密度が高いリフ2の方が速く(短く)感じることで、これはもしかしたらタメと開放による気分的なものの影響もあるかもしれない。ぶっちゃけどちらの曲も何度も聴きすぎて自分の感覚がわからなくなってきました。リフ2だけバンドが意図的に走っている可能性は……





 バンドの獰猛なグルーヴが中心だった前半部分に対し、アルバムの後半部分ではより歌が前面に出たサイケデリック・ロックが展開される。


#8「Spring Hall Convert」

 個人的にディアハンターのサウンドの一番の特徴はghostlyな……おばけみたいな音の響きだと思っている(それがもっとも追究されたのが次作の『Microcastle』だろうか)。そのおぼろげな感覚は前半のアンビエント風な楽曲などから感じられるんだけど、それが一番表に出てきているのが後半の曲群…特に1曲目の「Spring Hall Convert」だと思う。特にボーカルにおいてそれは顕著で、イントロのまるでどこかがらんとした廃墟から響いてきているかのような、輪郭のうすい歌声からはもはや神秘的な雰囲気すら出てきている。その後もクリーンな、あるいは歪に加工された複数のボーカルが同時に、または別々に現れては消えていき……(余談なのだけど、この後半の楽曲群のレコーディング時、ブラッドフォードはインフルエンザにかかっていたらしく喉の調子がおかしかったらしい。しかしそのことが彼のボーカルをより異質で魅力的なものにしたそうだ。) 今作に限った話ではないけれど、ディアハンターのこういった奇妙なサウンドの追究は本当にすばらしい効果を上げていると思う。そしてこの彼岸と此岸の境界で鳴っているかのような音像が(メンバーの)親しい人物の死からもたらされているのかもしれないと思うと……言いようのない、複雑な気持ちになってしまう。





 日本盤が出始めたのが3rdの『Microcastle』かららしいので、それ以前の作品は多少影が薄くなっているのかもしれないけど、とにかく今作はすごく良い作品だと思っている。自分のように次作以降の作品から入った人は今作の後半の楽曲の方ががより馴染みやすいかもしれない。しかし、ディアハンターの音楽を聴いたことがない人であっても、例えばCANの『Tago Mago』やThe Velvet Underground『White Light/White Heat』のような退廃的で享楽的な音楽に惹かれるような人なら、前半も後半もきっとすぐに馴染めてしまうのではないだろうか。



 最後に、唐突なのだけど、本作のベースを担当していたJosh Fauverが亡くなったらしい。

 唐突というか、まさしくこの報を受けて書き始めた記事だったのだけど。本作以上にベースのかっこいいロックを自分は他に知らない。この記事が、本作がより広く聴かれるきっかけになればいいなと思う。



9.1