クレッシェンドの話 あるいは『Friend EP』補講(メモ消化3)


 クレッシェンドに関する雑文です。



・Grizzly Bearの『Friend EP』が好きでたまに聴き返すのだけど、改めて考えるとこの作品の一番の魅力ってスケールの大きなクレッシェンドなのではないかと思えてきた。

 以前書いた記事:Grizzly Bear [Friend EP] - ヨーグルトーン

 静かで少し長めのイントロも、ゆっくりだけど迫力のある巨人の歩みのようなドラムも、すべてはコーラスでのクレッシェンド〜爆発(?)のための布石という。
 静かで少し長めとか書いたけど、イントロのこれから何かあるぞ…という感じがすごい。これから起こることへの虫の報せのような、小さなざわめきがそこにはある。
 発表は2007年で、USインディーの爆発し始めみたいな時期なんですけど、当時一番ダイナミックなロックをやっていたのは彼らなんじゃないかと。





・あんましライブに行ってないけど、クレッシェンドが上手いバンドはライブが上手いといえるのではないか。というのも、クレッシェンドが場を盛り上げる一番正当な手段のように思うので… クレッシェンドが上手い=場を盛り上げるのが上手い、ということになるのではないかと。ブレイクやリズムチェンジのようにその場の流れを断ち切らずに、その後の展開も見据えながらテンションをコントロールするのは立派な専門技術のように思う。





・クレッシェンドの上手さって基本的には変化の滑らかさで計られているような気がするけど、別な指標としてどれだけスケール…というか振れ幅を大きくできるかというのもあると思う。エネルギーの盛り上げ要因としては音量や音程、音数(時間あたりの数、密度)などがあって、それぞれを高く、大きくしていく。
 そしてこれはちょっと眉唾というか、思いつきなのだけど、振れ幅の大きさには使う音の種類も多少は影響するように思う。どういうことかというと、先ほど挙げた要因を高めていくにあたって、より大きく人体を使う音(楽器)の方が聴いていてより盛り上がる(書いていて思ったけどこれは気分的な話ですね)。
 具体例を挙げると、ツマミをいじって音量を上げる機器(キーボードなど)よりも、音量を上げるために叩く力を強めなければならないドラムの方が、(たとえ演奏の場面を見ていないとしても)クレッシェンドを聴いていてより盛り上がるということ。というのも、我々は音楽を聴くときに演奏者の肉体を(無意識かわからんけど)想起してしまうらしく…。まあこれは自分が大学のメディア論だかの講義で聴いた話で、具体的なデータがあるのかはわからないんですけど。。 我々が他の楽器よりもボーカルにより心を動かされるのは、聴いていて歌う(演奏する)姿が、身体の動きがより鮮明にイメージできるからだ、ということらしいです。





・なんでこんな話をしたかというと、自分が今までに観たライブで一番印象に残っているクレッシェンドがボーカルを大胆に使ったものだったから。『My Lost City』の時期のceroなんですけどね。その時は前座が表現(Hyogen)で、こちらもすごかった。古川麦のボーカルが圧倒的で。。 それはさておき、『My Lost City』自体がわりと合唱のアルバムではあったんですけど、そのライブも「声」をめちゃくちゃに使ったものでして、全パートでのクレッシェンドのときに各々の楽器はもちろんですが、そこにさらに演奏者の声も加わえて本当にフルパワーで盛り上げていくんです。鳥肌が立ちました。とにかく、盛り上げる・エモく聴かせるときには音の身体性を意識したほうが良さげという話。





・もうひとつ、声を使った演出で印象深いものがあって、それが映画『風立ちぬ』の効果音。作中のいろんな音が人の声によって再現されているのだけど、特に恐怖を演出するときの音がめちゃくちゃ怖くてびっくりした思い出がある(具体的にどのシーンだったかは忘れたけど…何かが高速で向かってくるシーンだったような)。クレッシェンドというか、人の声で「ぁぁぁぁぁああああああ!」って瞬間的にグワッとくるやつ。そういうシーンを生身で体感したことないのでわからないけど、音だけならたぶん実際よりも怖いはず。





・スケールの大きさって基本的には出せる最大音量の大きさに依存していて、スピーカーとかを使わないアナログな環境なら、最大音量はだいたい楽器の数(演奏者の数)に依存すると思う。現代で気軽にスケールの大きい演奏を楽しむとしたら、その筆頭に挙がるのはたぶんオーケストラだろうな、とか。というか、学生の頃に聴いた春の祭典がすごかった。圧が強すぎて本能的に恐怖を覚えるレベルだった…





 なんか最終的に音の身体性みたいな話につながっちゃいましたけど、とりあえず、クレッシェンドの話でした。ここから下では個人的に印象に残っているクレッシェンド(あるいはそれっぽい盛り上がりポイント)を個別に上げていきます。



・Frank Ocean「Pink + White」

 1分半くらいから現れるストリングスが慎ましくも雰囲気を盛り上げる。本当に美しい……



Cornelius「The Rain Song」

 雨粒を模したであろうギターのアルペジオが、雨脚が強まるかのようにだんだんとその音数を増していく。例えばアルペジオのベース音に注目すると、はじめは一小節に2回、一拍目と三拍目のあたまにあったのがそのうちに二拍目にも入ってきて、最後のサビで四拍目にも入ってくる(ドラムじゃないけど四つ打ちみたいな感じになる)。



・D'Angelo and The Vanguard「Sugah Daddy」

 ときおり上で書いた『風立ちぬ』の効果音的な演出が入る。そうそうこんな感じだった。基本的なリフがメロディー的には下降していくのだけど、音量的には上がっていくという少しおもしろい感じになっている。というか今聴いても音の質感がヤバいですね。。



Fennesz「Endless Summer」

 クレッシェンドではないんだけれども、盛り上がりの表現として、はじめはノイズ混じりのぼやけた音・メロディーが後で解像度を上げた状態で再び現れる。思い出そうとしても思い出せなかった景色が、あるときふっと鮮明に浮かんできたかのような感じがある。



Boards of Canada「Telephasic Workshop」

 音数が増えていく系。だんだんわけがわからなくなっていく。それよりも揺らぐメロディーが神…



King Crimson「Larks' Tongues in Aspic, Part Two」
 プログレではこういうスケールの大きい、高く高く上り詰めていくタイプのクレッシェンドが多い気がする。ライブではない、スタジオでの完成形をぜひ聴いてみてほしい。