Angel 1 [Allegra Bin 1]


 ロサンゼルスを拠点に活動するプロデューサーAngel 1(Colin Field)による2014年作。

バンドキャンプ:"Allegra Bin 1" | 1080p
 Constellation Tatsu、exo tapes、Beer On The Rugなど、ヴェイパーウェイブ黎明期に登場した優良レーベルを渡り歩くAngel 1が1080pからリリースした作品。とても言語化しづらい……変わった音楽なんですが、とても大好きな作品なので紹介します。



 ちょっと回り道的な話をしますが、人間って(人間以外もか?)なにかを経験するときに、それ以前の経験からその後の展開を予測する(してしまう)生き物だと思います。例えば…スポーツもののアニメがあったとして、大事な大会の日の朝、家を出たら外が曇っていた…… こういうとき、アニメなどの映像作品を多く観ている人は(これは一波乱あるんじゃないか…)と感じるのではないでしょうか。というのも映像作品において雨はシリアスなシーンを演出するのによく使われるからです。(プリキュアとか、子ども向けの作品は特にこういう素直な演出が多いように思います。)ただこの論理だと映像作品を観ない人はそういうふうに感じない、みたいなことになってしまうのですが、実際はそんなことはなく、そういう人も曇り空の描写に対して多少は警戒心を抱くはずです。この場合なにが緊張をもたらしているかというと、「(現実世界での)曇り空のあとに雨に降られた経験」なのだと思います。曇り空の描写によって(それが現実世界のものでなくても)雨に対する警戒心が呼び起こされるのです。



 …すみません、話が脱線しました。まったくまとまらない。しかしここまで書いてしまったのでついでにアニメの演出について書かれた超おもしろい記事を紹介しておきます。暇があったら読んでみてください。
『トライブクルクル』2話の演出を語る 前編 - OTACTURE



 で、結局なにが言いたかったのかというと…音楽の分野においても人間のこの学習能力というか予測機能は発揮されるということです。一番わかりやすいのはコード進行でしょうか。世の中、似たような展開をする楽曲ってけっこうあるもので、音楽を聴いているとたまに(このあと絶対こうなるでしょ…)と予測できてしまうことがあります。逆(?)にブルースなど、コード進行などの楽曲の展開がある程度共有された上で楽しまれているジャンルもあります。
 ポップの世界においてはこの予測能力を逆手に取ることが重要で……というのも、人間って予測を裏切られると気持ちよくなってしまう性質があるようなのです。なのでより鮮やかに裏切るためにあえて予測しやすい展開を作ったり…ということがいろんなところで行われています(たぶん)。そしてこのリスナーとの誘導と裏切りの駆け引きが作曲家の腕の見せ所なのでしょう。






 …と、ここまでが前段です。長いですね。本当に必要なのか?

 作品の内容に入ります。本作の特徴は(良くも悪くも)予感たっぷりな音使いにあります。自分でもまだ具体的に言葉に落とし込めていないのですが…。例えるなら、断片的な作りをしたホラー映画、みたいな感じになるでしょうか。中心となるストーリーははっきりと語られず、ただただこちらの感情を揺さぶる演出が続く……無駄にこちらの不安を煽るカメラワークとか、一瞬だけ画面の端に映る黒い影とか、唐突な出所不明の物音とか。。 そういう演出を音で表現したもので今作は組み上げられているように思います。



 とりあえず1曲聴いてもらえればいいんですが、つべを覗いてもいい感じの動画がない。一応、アーティスト本人?のアカウントが今作をまとめてアップしてるのを確認したんですけど、なんか視聴地域の制限がかかっているようで日本からは観れないっぽい。ので潔くバンドキャンプのページに飛んで聴いてみてください。もっかいリンクを貼っておきます。
"Allegra Bin 1" | 1080p



 効果音的なものは除いて基本的にはエレクトリックで柔らかい質感の音が使われていること、また冒頭2曲で顕著ですがサビとなる部分ではメロディーよりもコードがより前に出てくることからいわゆるアンビエントテクノIDMといったジャンルが思い浮かびますが(実際中心的な要素でしょう)、曲についてはそれらよりもずっと複雑でアクロバティックな展開を見せます。先ほども書いたようになんというか映画的な曲展開をするんですよね。よくあるポップスのように常に中心に太いメロディーがあってサビまで迷わずに一直線!…という感じではなく、こちらは場面はどんどん切り替わるし、場合によってはモニターの画面を分割して同時に複数の流れを追う…みたいな感じにもなります。そのためある意味すごく忙しないんですけど、それらの断片的な複数のシーンがクライマックスに向けて収束していく様は群像劇的な趣もあり、サビでは相当なカタルシスを感じることができます。


 そして今作においてより驚異的なのは音の抜き差しのセンスです。一度に鳴らされる音の数や時間あたりの音数(密度)はそれほどでもない……というかむしろ少なめでとても隙間の多いつくりをしているのですが、実際に音楽を聴いて受ける印象は複雑で錯綜したものなんですよね。それは曲中の場面転換が多いということも一因なのでしょうけど、なにより聴き手の想像力を刺激するような音の配置に理由があるように思います。普通ならあと2、3回繰り返されるであろうフレーズが一回ぽっきりで姿を消したり、かと思えばしばらくしてからフッとまた出てきたり、というようなことがけっこうあるのですが、そういう意味深…というか思わせぶりな音使いによって、聴き手は実際に鳴らされているものよりも多くの音を感じさせられているのではないでしょうか。


 リズムの複雑さも特筆すべき点で、基準となる楽曲のテンポはとてもゆっくりなのですが、アクセントを最大限に意識した配置によってあらゆる音・フレーズが新鮮に聴こえてきます。シンセの奏でるメロディーも四分や八分といったシンプルなリズムが多いのですが、表拍・裏拍を自在に行き来することによってこちらの期待を裏切ることに成功しています。
 これだけゆっくりなテンポで隙間も多いのに、受ける印象がとても豊かなのはすごいことです。全編にわたって最小の音数で最大限の効果を上げています。今作はいかにして聴き手の想像力を引き出すか、ということを追求した末に生み出された作品なのではないでしょうか。個人的にはLogosやJam Cityが2012〜13年にリズム方面で試みていたことを、メロディーというか曲方面でさらに発展させたものがこれなんじゃないか、と思ったりしています。



 隙間や無音部分が異様な存在感を放つ音楽で、Logosは自身の作るこういうサウンドのことを"ウェイトレス"(無重量)と呼んでいるらしい。かっこよすぎる…






 非常に複雑で繊細な予感のコントロールが為された、エレクトロニック・ミュージックの傑作だと思います。特に前半4曲は文句のつけようがない出来で、素直に芸術的だなと感じます。一枚の作品として見たときのまとまりがちょっとビミョウかもしれませんが、今作で提示された音楽性はまさにオリジナルなもので、もっと評価されてもいいのでは?なんて思っています。実は自分が初めてバンドキャンプで購入した音源がこれで(コレクションの一番下に出てきます)、そういう意味でも思い出深い作品です。とにもかくにもスリリングな作品なので、刺激に飢えてる人なんかにおすすめです。



8.7