Balam Acab [Wander / Wonder]


 アメリカはペンシルヴァニア州在住のアーティスト、Balam Acabによるファースト・アルバム。

WANDER/WONDER | BALAM ACAB:バンドキャンプ
Balam Acab Wander / Wonder - ele-king Powerd by DOMMUNE | エレキング
BALAM ACAB 『Wander / Wonder』(Tri Angle / Octave Lab) - COOKIE SCENE



 Alec KooneによるプロジェクトであるBalam Acabは2010年にトライ・アングルからカタログナンバー1の作品として『See Birds』EPをリリース。これだとかこれだとかこれなどの当時の記事を見るとなんとなく雰囲気が掴めると思うのですが、この作品が出たころってインディーな音楽がインディーなブログやらメディアと一緒に盛り上がってきていてよくも悪くもメジャーとの境が無くなりつつあった時期(と、自分は捉えているけどあんましあてにしないでね)で、なんというか音楽とインターネットの距離がめちゃくちゃ近かったんですよね。ジャンルもインターネットを通してすごい勢いで生まれたり廃れたりしていて… 案の定Balam Acabの作る音楽も「ウィッチ・ハウス」なるなんか怖い雰囲気のジャンルに括られていました。自分はこのジャンルには詳しくないんですけど、そのEPに収録されているこの曲なんかはたしかになんとなく魔女っぽい感じがする…ような…


 ボーカルが特にそんな感じです。

 その1年後に初のフルレングスである『Wander / Wonder』をリリース。このとき彼は弱冠20歳で、タイラーやジェイムス・ブレイクと同様に超早熟ですね。





 音楽性について。サウンドの一番の特徴は空気以外のなにかを介しているかのような、くぐもった音の質感だと思います。アンビエントのジャンルだったら例えば曇りガラスだったり(「曇りガラス」で検索して出てくる画像が全部アンビエントもののジャケットに見える…)、クラウド・ラップならそれこそまさに「雲」だったり、作品によって音のこもり方というかサウンドのイメージは変わってきますが、今作のサウンドから感じるイメージはずばり「水」です。それもお風呂場やプールなどで日常的に見られるようなものではなく、ジャケットに描かれているような海の、それもけっこう深いところの……
 ただ「水」と言われただけだと自分はけっこう爽やかな感じをイメージするんですけど、それが「水中」となるととたんに重苦しさが出てきますね。そこにさらに「深さ」が加わって……かなりつらくなってきましたが、今作のサウンドはまるで深海から響いてきているかのような処理をされており、特に低音は水圧で圧し潰されたようになっていて、もはやローファイというかざらざら感すら出てきています。

 そこに泡の動く音やら海底の砂のこすれる音(実際にサンプリングされたものかどうかはわかりませんが)などの、さまざまな水を連想させる楽音以外の音が入ってきて、より強固な水中のイメージが形作られています。そしてそのイメージは全編通して一度も崩されることがなく、アルバムの印象を決定づけています。

 この臨場感たっぷりな深海サウンドの中でひときわ輝いているのがキーボードの透き通った音色です。周りがエフェクトを何重にもかけられてモワモワ……というよりはゴポゴポ(???)としている中で比較的加工の少ないその音はとても際立って聴こえてきます。それこそジャケットの、暗闇に差し込んできた光のように…(本当によくできたアートワークです) この音の影響か、自分は今作に対してわりとキラキラとした印象も持っているんですよね。


 キーボードのリフ……

 曲に関しては、どれもはっきりとしたメロディーがあるのが特徴です。そう、基本的にはシンプルな歌ものなんですよねこの作品。サウンド面から見ればたしかにダブステップでありウィッチ・ハウスなんですけど、楽曲の中心にあるのは明らかにリズムではなくメロディーであり、そういう意味ではどちらかといえばR&Bやエレクトロニカがより近いのではないかと。
 そしてどの曲もいつの間にか始まっていていつの間にか終わっている……。始まりと終わりがはっきりしていないというか、フェードイン・フェードアウトが多いのです。単純に曲間の違和感を少なくして全体を滑らかに聴かせるためだと思いますが、そこにアーティストの物事に対するなんらかの姿勢を読み取る人もいるかもしれません。冒頭に貼ったエレキングのレビューでも最後に「何かもう、キビキビしたり、もっともらしいことを言うことに心底うんざりしているのだろう。」という一文があります。まあ実際本人がどう思っているかはわかりませんが…でもなにかをはっきりとさせることって体力いるよね、とは思います。





 『Wander / Wonder』についてはここまでとして、他にもう一つ触れておきたい作品がありまして、それが『CLUB WATER DISCUS』。


CLUB WATER DISCUS | BALAM ACAB:バンドキャンプ

 たしか2012年(13年?)頃に彼のFacebookのページで配布されていたように思います。バンドキャンプのページを見ると「made in an underwater hotel in dubai」なんて一文があり、少し調べてみるとこんなページが見つかったりします。これはちょっと行ってみたいですね……中でヴェイパーウェイブなんて聴いたらどうなってしまうんだろう。。(別にどうにもならない)
 水のイメージは保ちつつもアンビエントな空気は薄れ、ポップに振り切れた内容になっています。水中というよりは水上? 開幕の「FAIRYLAND」からキラキラ感がすごくて、まぶしい…… 個人的にはbest new trackですね。

 その後も当時のJam CityやLogosなんかを思い出すようなリズム偏重のグライムみたいな曲など、アグレッシブなサウンドが続きます。#2「LOOK」の音使いなんかはPC Musicなんかも彷彿とさせます(こっちの方が1年くらい早いですね)。これらの音を聴いているとアトモスフェリックな低音とビビッドな高音のコントラストが彼の持ち味なのかなあと思います。彼のポップな側面も聴いてみたい!という人にはおすすめの作品です。





 『Wander / Wonder』に話を戻して… アルバムを通して独自の世界が完璧に表現されており、その点において今作は傑作と言えると思います。というか個人的にはこのまるで本当に深海にいるかのような音響だけで傑作認定しちゃいます。こういうサウンドって他にありますか?(あったらぜひ教えてください) 他のチルウェイブ勢が海辺でワイワイやってるのに対してこっちは海の中ですからね、引きこもりとしてちょっと格が違いますよね(?)
 音でいざなう約40分の深海ツアーです。暑さにバテそうになったときなんかに聴くといい感じにリラックスできるかと。



8.6