Low [Things We Lost In The Fire]


 アメリカはミネソタ州出身のバンドによる5枚目のアルバム。2001年発表。



Low: "Things We Lost in the Fire" | Lomophy
 ピッチフォークのレビューの邦訳ですが、さすが本職、という感じで大変参考になります。特に後半の歌詞の解説はありがたい…
■□■L -Low-■□■
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 プライムミュージックで聴き放題だそうです。



 Lowはしばしばスロウコアというジャンルを代表するバンドとして扱われてきました。スロウコアとは極端にゆっくりなテンポと必要最低限のアレンジを特徴とする音楽ジャンルのことで、今年の4月にアップされたバンドキャンプのこの記事がその概要を掴むのにちょうどいいです。

Slowcore: A Brief Timeline « Bandcamp Daily
(こういう特集記事も充実しているのでバンドキャンプにはぜひResident Advisorを見習って翻訳バージョンも上げてほしい)

 といっても英語で書かれているのでチンプンカンプンなのですが、代わりにその場で試聴ができるようになっているので、適当にいくつか聴けばすぐ雰囲気が掴めると思います。一応、うちのブログで今までに取り上げたものの中では渚にてが一番スロウコアっぽいですかね。当時の記事には試聴とか貼ってないんですが。




 スロウコアとされるアーティストの中でも自分は特にLowが好きなんですけど、その理由の一つとしてコーラスのハーモニーの息を呑むような美しさがあります。

 ボーカルパートが流れ出した瞬間、まるで時間が止まってしまったような、景色が色を失ってしまったような感覚を覚えます。まあ錯覚なんですけど、それでもこんな響きをもし日常の中で耳にしたならば、思わず目前の作業を止めて聴き入ってしまうのではないでしょうか。メインのメンバー2人が熱心なモルモン教徒であることも影響してるのか、全体的に敬虔な印象を受けます。なんとなく頭の悪い例えを出すなら、教会版ビーチ・ボーイズといった感じでしょうか。…まあふざけ半分の例えではあるんですが、しかしこのハーモニーの美しさがLowのポップさを担保している部分であり、またスロウコアというジャンルの中でLowをLowたらしめている決定的なポイントでもあります。




 もう一つ、自分がLowを好きな理由としてはヴェルヴェッツの流れを引くシンプルなソングライティングがあります。

 Wikipediaのバンドのページではジャンルの欄にスロウコアに加えてドリーム・ポップとも書いてありますね。まあ自分ではまだこの曲構造のどこにヴェルヴェッツらしさを感じているのか、またそれのどこがいいのかをうまく言語化できないんですけど…

 しかし改めてヴェルヴェッツの3rdを聴くと、この時点でもすでにスロウコアっぽさが感じられるような気もしますね。グランジ通過後のヴェルヴェッツがもっかい3rdみたいな落ち着いたサウンドを目指すとスロウコアができるのかもしれません。できないかもしれません。なんにせよめちゃくちゃ好きです。。




 ここまでLowというバンドの良さについて書いてきましたけど、それとは別にこの「Things We Lost In The Fire」という作品に特有の良さもあって、それがこの異様に生々しい録音です。

 これについてはバンドの志向もあったと思いますが、本作にプロデューサーとしてクレジットされているSteve Albiniの貢献が大きいでしょう。このアルビニという人は元々ハードコアの出身で、現場で鳴っている音をそのままパッケージしたかのような生々しい録音をすることで有名なのですが、本作ではそんな彼のスタイルと作品の方向性が120%噛み合っているように感じます。絞られた音数でゆっくりと鳴らされるシンプルな楽曲という、ともすれば退屈と受け取られかねない音楽を聴けるものにしているのはこのどこまでもロウ(Raw)な録音なのです。
 というのも、スローなテンポと限られた音数によって生じる空白を支配しているのがこの生々しい録音からもたらされる残響だから。凡庸な録音なら眠ってしまっていてもおかしくないすき間だらけの音楽を、それでも私たちが集中して聴いていられるのはあらゆるすき間に豊かな残響が鳴っているからなのです。
 まあ残響うんぬんを抜きにしても、単純に一音一音に迫力があってすごくかっこいいですよね。思わず居住まいを正してしまいそうになります。また音量を大きくすると録音時のノイズのようなものが聞こえることもあり、これがまたいい味を出しています。




 自分なりに本作の魅力をまとめてみました。他に付け加えるならば、月の表面を模したジャケットも本作の荒涼としたサウンドによく合っていていいなー、とか。でもここまで書いてきて、その荒涼とした、どこか孤独を感じさせるバンドサウンドと血の通った温かなボーカルの対比が本作の一番の魅力なのかもな、と思ったり。ギャップ萌えじゃないですけど、お互いがお互いを上手く引き立てあってると思うんですよね。
 スロウコアというジャンル自体はそこまで有名でもないし目につくほど盛り上がってるものでもないのですが、このスタイルだからこそ生まれる魅力というものもあって、本作の美しさはその一つなんじゃないかなと思っています。月並みな表現になりますが、癒しを求めている人などにおすすめです。



8.7