Tyler, The Creator [Bastard]


 アメリカのラッパー・プロデューサー、タイラー・ザ・クリエイターの1stアルバム。2009年発表。
 みなさんHiGH&LOWって知ってますか?EXILE TRIBEの総合エンタテインメントプロジェクトのことなんですけど、最近そのテレビドラマと映画を堪能させていただきまして… huluで全話観れますのでぜひご覧ください。近ごろ少年マンガに触れることがめっきり減っていたのですが、それがプラスに働いたのかめちゃくちゃ楽しめました。即堕ちした人のレポート→面倒くさいオタクの私がEXILEのドラマにハマるわけがない(即落ち)-『HiGH&LOW THE MOVIE』感想 - 魔王14歳の幸福な電波
 自分もまさかエグザイル関連のコンテンツを楽しむことになるとは思ってなくて… まあこれは偏見なんですけど、エグザイルとオタクって水と油のような存在なのでは?とか思ってましたし。でもツイッターでなんか流れてくるんですよ、ハイロー関連の話題が…。 基本オタクしかフォローしてないのに…。 で、実際に観てみてめちゃくちゃ楽しんでしまったと。もう…いや、最高でした。

 なんと、ウィキによれば今年中に2本(!?)ハイローの映画が公開される予定だとか。自分もテレビドラマ版を通過し劇場版にたどり着いたときには(劇場で観れれば…!)と歯噛みしたものですが、まだ次作は劇場で観れるタイミングなので… 何事も遅すぎるということはありません、騙されたと思って観てみてください。そしてぜひ一緒に劇場で次回作を迎えましょう。



 でですね、このハイローにはいろいろな勢力が出てくるんですけど、その中の一つに「MIGHY WARRIORS」というのがありまして、ここがヒップホップを媒介にしてできた集団となっているんですね。中心人物はICEくんと言うんですけど(ハンターハンターで言えばモラウさんみたいな、超タフなボスキャラです)、子供時代にスラム的なところで絶望的な生活を送っていた彼が、偶然ウータン・クランのレコードが捨てられているのを見つけるところから「MIGHY WARRIORS」の物語は始まるんですね。でその後は音楽とファッションを中心に同志が集い、一大勢力となっていくんですが… このエグザイル版ストレイト・アウタ・コンプトンとも言うべき映像を観て少しヒップホップを聴こうかなーというムードになりまして。そこで元のウータンにいかないのが貧弱オタクの貧弱たる所以なんですけど…





 ということでタイラー・ザ・クリエイターの1stアルバムです。名前だけならカニエとかより強そうですね。創造主ですよ創造主。知らない人向けに簡単に書くと、アメリカはロサンゼルスにOdd Future Wolf Gang Kill Them All(通称:OFWGKTA、オッド・フューチャー)という集団がありまして、タイラーはそこの首領です。



参考:
Odd Future 公式。下部「MUSIC」からダウンロードできます。
音楽系Webサービスの奇妙な未来 | OVERKAST ROUGHKUT
[Tyler the Creator] Tyler the Creator / Yonker - ele-king Powerd by DOMMUNE | エレキング
http://musicshelf.jp/blog/selector/2011/08/post-147.html
Tyler the Creatorは「Bastard」でなぜSarahを食べたのか① - Pretty Man Lyrical



 自分もそこまで詳しくないので詳細については上に貼ったリンクを参考にしてもらえればと思うんですが、少し当時のことを書くと、彼らに対する期待や盛り上がりは相当のものだったと思います。まあそれもネット越しに見た自分の印象であって、実際現地の人たちや音楽ファンがどんな反応をしてたかってのはわかりませんが。それでも、自分に関して言えばちょっとしたお祭り状態というか、なんせ基本フリーで大量の音源をばら撒いてるわけですから。とりあえず片っ端から落として、マイペースに流していました。
 本当に個人的な記憶の話ですが、本作を聴くと大学で情報の教養科目の講義を受けにいく自分の映像が頭に浮かびます。映像自体に特別な意味は無く、ただそのときに本作を聴いていた、というだけなのですが。またその映像をハブにしてBalam Acab「Wander / Wonder」Oneohtrix Point Never「Replica」なんて作品も記憶の淵から蘇ってきます。どれも2011年・秋の自分のBGMであり、いまだに年に数度は聴く大好きな作品です。

 さて、本作についてですが、毎度のことながら歌詞・リリックについてはあまり触れません。代わりに上にリリックについて書かれた記事のリンクも貼っておきましたのでそっちを読んでもらえればと思います。
 自分が普段そこまで歌詞を気にしないのは、なんというか言葉を媒介に物事を考えることと、音の流れを追うことを同時に行えるだけの体力がないからなんです……なんてのは今とっさに浮かんだ言い訳ですが、基本的にサウンドを中心に音楽を楽しんでいる自分にとって、そのサウンドに占める言葉の割合が比較的多いヒップホップというジャンルでお気に入りの作品に出会うことはそう多くありません。…なんか迂遠な表現になってしまっていますが、「自分はトラックがよくなければヒップホップなんて聴けない人です」、と言っているにすぎません。そして、今作はそんな自分が出会った数少ないお気に入りの一つです。





 本作の音楽性を特徴づけているのはそのふわふわもこもこしたシンセの音色でしょう。ふわふわもこもこなんて書くとなんとなくかわいいイメージが浮かびますが、映画「ミスト」的な、一寸先も見えないような不安なイメージにも接続されます。とはいえ自分が実際聴いた後のイメージはそこまで怖いものではなく、「夜の街に浮かぶネオンサイン」というものでした。まあいずれにしても、アンビエントなんかでも使われてそうな輪郭の柔らかな音色が、不穏なビジュアルイメージの本作のそこかしこで聴こえるというのはちょっと意外です。


 この曲なんかは今作のもこもこな面を特によく表しているように思います。こういう地に足が着いてないような浮遊感のあるトラックを特徴としたヒップホップを「クラウド・ラップ」、または「トリルウェイブ」なんて呼ぶそうです。以下、参考リンク。



teams トリルウェイヴへ | ele-king
ポスト・チルウェイヴ的アルバム・ガイド~Cloud Rap、Trillwaveでふわふわ (前編) : キープ・クール・フール 現在更新停止中の国分順平さんのブログ。改めてすさまじい情報量です。
【Feature】イマドキの魔女っ子ラッパー、Kitty Prydeとは? | PSHANDY
[video] リル・B、フラットブッシュ・ゾンビーズらが語る「クラウド・ラップ」とヒップホップ | bmr 個人的に、こういうサウンドが流行る背景にはとにもかくにも「ベッドルームの充実」があると思っていますが…まあそれも大部分はインターネットによってもたらされたものですね。

 2010年代は色んなジャンル名が流行っては廃りを繰り返していましたが、「クラウド・ラップ」はまだ名前から音のイメージがいくらか掴めるだけマシな感じです。



 サウンドについて、ぶっちゃけ言うとA Tribe Called Questの4th、5thの現代版、となると思います。

 シンセを使ったスムースなトラックがとても気持ちいいですね。これは5thでリリースは1998年なんですけど、ATCQどんだけ進んでるの…としみじみ思いますね。進んでたと言うよりは、もはや「何かの手違いでゴールしちゃってた」と言った方がしっくりくるような気もします。
 ただ方向性は似ていても、作品としては個人的には「Bastard」の方が好きですね。ATCQの方が世代的に遠い、というのもどうしようもなくあるとは思いますが、それを抜きにしても今作の方がポップでキャッチーだと思います。リズム・パターンを含め、フックとなるようなフレーズが次々に飛んできます。ATCQはちょっとコードに頼りすぎかなあ、なんて思ったり(とはいえあの時代にこのセンスをものにしていたことはやはり驚くべき事実であり、偉大であることには変わりはありませんが)。



 個々の曲に目を向けると、「French」という曲が一際暴力的なサウンドで耳を引きます。

(今作「Bastard」ではもう少しピッチの上がったバージョンで収録されています。)
 今作の凶暴な面を象徴した曲と言えるでしょうか。正直、好みではありませんが、ちょうどいい動画があったので貼ってみました(なんなんだ…)。
 この曲はアルバムでは4番目に配置されているのですが、次曲「Blow」からサウンドがぐっと滑らかさともこもこ感を増していきます。そういう意味でこの「French」までをアルバムの序盤として捉えることができると思います。押しの強いサウンドはちょっと…というような人はとりあえずここまでを目標に聴くといいかもしれません。

 「Blow」〜「VCR/Wheels」までの6曲はどれも滑らかさとキャッチーさを兼ね備えており、本作のハイライトと呼べると思います。まあハイライトと呼ぶには長すぎるかもしれませんが、実際めちゃくちゃいいんだから問題ありません。「Slow It Down」の一度聴いたら頭から離れなくなるようなサビ・曲構成も最高ですが、「Pigs Fly」〜「Parade」のズブズブとどこまでも沈み込んでいくような展開も、これぞクラウド・ラップの真骨頂!という感じですばらしいです。その後も「Sarah」で一度雰囲気をリセットしつつ、スムースさを維持したままエンディングまで流れていきます。





 このミックスのトラックリストを見ればわかるように非常に幅広い音楽を嗜んでいるタイラーですが、今作はその不穏なビジュアルとは裏腹に、彼が好きと公言しているチルウェイブやステレオラブの作品と同じようにカジュアルに楽しめる作品になっていると思います。 フランク・オーシャンがめちゃくちゃ有名になってしまったため、もしかしたら未来においてはフランクの出自の注釈として、まるでオマケみたいに扱われている可能性もあるのかもしれませんが、自分は彼はそんなちっぽけなところに収まる器ではないと思っています。てかこれ作ったの弱冠18歳の時ですよ、天才ですよ天才。まあそんなifの話は置いておくとしても、個人的にはそのサウンドやコード周りのセンスから、Q-Tipの後継者がもしいるとしたらコイツなんじゃないか、なんて思っています。

 (現在でもそのタームが生きているのかどうかわかりませんが)クラウド・ラップというジャンルの初期のマスターピースだと思います。また、今も広がり続けるOdd Futureの最初期を捉えたドキュメントとしての価値もあるかもしれません。要チェックです。



8.6