Will Long [Long Trax]


 東京を拠点に活動するアーティストWill Longによるディープハウス作品。2016年発表。
Comatonse Recordings - Release Catalog - Will Long 'Long Trax'

 RAが去年の末に上げたレビューで今作を発見することができました。今作はFact誌の2016年ベストアルバム50枚に選出されており、また実際に音源を入手して聴いてみて、もし作品発表当時に出会えていれば自分も間違いなく2016年ベストアルバムに挙げていただろうと思わせるくらいの作品なんですけど、RAのベストアルバム記事では取り上げられていませんでした。
 単純に選考過程で落ちてしまったのかな?とも思うんですけど、本作のレビューがアップされたタイミング(ベストアルバム記事が軒並み出揃った後であろう12/23)を踏まえると、もしかしたら存在を忘れていたのでは?なんて思ったりもします。レビューで取り上げられる作品ってだいたい当月かその前の月の作品なんですけど、今作のリリースは8月(CD版は9月)ですから。
 一応レビューでなくニュースの方ではちょうどいいタイミングで取り上げられているので(RA: ニュース: Comatonse RecordingsがWill Longのアルバム『Long Trax』を発表)、知らなかったということはないでしょうけど。もしくはきちんと選考したけれども落ちて、しかしこの作品に何も触れずにスルーしすることはできねえ!と思って急遽レビューを上げた、とか。なんかそっちの方がいい話のような気がします。なんであれ結果的に自分がキャッチすることができたのでオッケー!なんですけどね。



 Will Longという人は以前から主にCelerという名義でアンビエント作品を発表していたようです。

Music | Celer

 とても多作家のようですね。で、今作はそのWill Longがディープハウスに取り組んだ、という内容になっています。リリースはComatonse Recordingsから。
 個人的に今作を聴くきっかけとなったのがこのComatonse Recordingsというレーベル名です。このレーベルはTerre Thaemlitzという京都在住のアーティストが主催しているんですけど、この人のDJ Sprinkles名義の作品「Where Dancefloors Stand Still」が大好きで、2013年にその作品に触れて以来、個人的にすごく信頼しているんですね。
 彼女のRAでの非常な高評価を受けてなのかは分かりませんが、代表作である「Midtown 120 Blues」がリイシューされた際にPitchforkもBest New Music認定をしています(DJ Sprinkles: Midtown 120 Blues Album Review | Pitchfork)。かくいう自分も後追いで、Long Traxと一緒にMidtown 120 Bluesも公式の通販で入手したんですけど、こちらも名作でした。。 いやもっと前からMidtown 120 Blues欲しいなーと思っていたんですけど、アマゾンではずっとプレミアがついていて…(公式通販を使えば適正価格で一発で入手できたんですけど、Long Traxの入手を本気で考えるまでその手段に気付きませんでした)。



 作品の内容について。アンビエント作家らしい、靄がかかったような幻想的なコードが特徴的なディープハウスとなっています。試聴用のリンクを貼っておきますのでぜひ聴いてみてください。

Long Trax by Will Long | Free Listening on SoundCloud

 一聴してわかる通り、音数の絞られた、非常にミニマルなつくりとなっています。穏やかなコードに必要十分なリズム、そこにたまに乗っかるヴォーカルサンプル……と、これだけで基本的な要素は説明できてしまいます。しかし極限まで厳選された結果、そのサウンドには普遍的な良さが宿ったように思います。

 個人的にはやっぱりこのぼやけたコードがすばらしいなと思います。いつまでも聴いていられる。このコードだけ抜き出した音源がほしくなってしまうくらいです。

 他のアーティストを例に使わせてもらうならば、Stars of the Lid とThe Field(あるいはGas)の中間といった感じでしょうか。ただ、今作はそのどちらよりもミニマル色が強いような印象です。勝手なイメージですが、なんというか禁欲的で、もはや瞑想のような感じです。



 Terre Thaemlitz関連の他の作品と同様に、今作にも深いコンセプトがあるようです(ちょっとだけ参考:WILL LONG / LONG TRAX / a.k.a. CELLER | diskunion.net CLUB / DANCE ONLINE SHOP)。実際、音源と一緒に封入されているポスターの裏面に英語でなにやらずらーっと書かれているのですけど、自分は英語にそこまで堪能ではないのでよくわかりません。
 Terre Thaemlitzの作品でもヴォーカルサンプルは頻繁に使われていて、もしその言葉の意味がリアルタイムで掴めたりすれば、また作品の印象が劇的に変わるんでしょうけど…… とにかく、興味がある人はぜひパッケージを入手してみてください。



 時と場所を選ばない、普遍的なマスターピースの誕生です。近年のGieglingのすばらしい作品群と同様に、今作も永く聴き継がれていくのではないでしょうか。シンプルさを追求したディープハウスの金字塔の一つと言っていい作品だと思います。



8.8