吉田省念 [黄金の館]


 京都在住のシンガー・ソングライター吉田省念のソロアルバム。2016年5月発表。

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 元くるりのメンバーで、それゆえに自分も追える範囲で動向を追っていたんだけど、最終的にアルバムを手にするきっかけになったのは上に貼ったインタビュー記事だったか。個人的にそのセンスを信頼しているライターの一人である松村正人の手によるもので、作品に興味のある人はもちろん、特にない人にもまずはこちらを読んでほしいのだけれど…

 一聴してまず感じるのはギターの豊かな音色だった。初めは京都版マック・デマルコかな?とか思ったけど、似てるのはサウンド全体に占めるギターの割合くらいで、音楽性自体はそこまででもなかった。まあとにかくサウンドの中心は間違いなくギターなんで、ギターの音が好きって人は気に入るかもしれない。

 しかしアルバム全体を通したときにあたまに浮かんでくるのはギターよりも、そのすべてを包み込むようなおおらかさを持つ「歌心」だったりする。たしかにサウンドの中心はギターなんだけど(まあこれもどうしようもなく目立ってるという感じじゃなくて、例えば空気みたいに、ただ自然に空間を埋めているといった趣なんだけど)、音じゃなくて曲(構造)で見たときには、その中心にはいつも「うた」がある。曲をある程度こまかく分解したとき、部分部分では確かにプログレだとかの豊かな音楽的背景を聴きとることができるのだけど、それらも最終的には「うた」を中心にまとまっていく。
 そういう意味で言えばマック・デマルコよりも、昨年ならファーザー・ジョン・ミスティなんかが近いかもしれない。「I Love You, Honeybear」のフォーク版 from 京都とでも言おうか。いやまあ似てるのは「うた」の在りようであって、音楽性はけっこう違うのであれなんだけど。

 あと個人的に気に入っているのがその流れの自然さ。まあ「流れ」といっても大きなものも小さなものもあるので一概に言えないかもしれないけれど、今作においてはそうでもない。大きなものも小さなものも、あらゆる「流れ」が自然につながり、続いていく。まあすごく感覚的な話なんだけども。
 ミクロなところで言えば、妙なツギハギ感がないということ。例えば渋谷系だとか、いわゆる「編集感覚」がその大きな魅力となっているものとは逆の音楽。で、多分、これにも「中心にうたがある」ということが関わってきているんだろう。別にどっちが優れているとか、そういうのはないんだけど、インターネットが普及した現代においてはこういう丁寧に編まれた、繋ぎ目のなめらかな作品の方が貴重かもしれない。

 元くるりということで、音楽性にもなにか似たようなものがあるかと思ったけど実際はそんなこともなく、豊かでありつつもオリジナルな作品になっている。これはまた勝手な印象だけど、くるりはその雑多すぎる音楽性によってルーツがなんなのかわからなくなってるようなところがあるけど(それもまた魅力なんだけど)、今作からは一本筋の通った、地に足の着いた印象を受ける。まあお互い、特になにかを引きずってる(音楽的に)ような印象がないのは安心か。あったとしてもこれだけの作品を作れれば開放されるでしょう。
 イギリスでもアメリカでもない、日本の温度と湿度を持ったアルバム。改めて考えると、5月というリリース時期の設定は完璧だったと思います。

 今はただ、類稀な才能を持つシンガーソングライターの誕生を嬉しく思います。傑作。



8.8